【映画】「ミッション・マンガル 崖っぷちチームの火星打上げ計画」感想・レビュー・解説

久々に、超絶良い映画だった!
ここ最近観た中では、ダントツじゃないかなぁ。
火星に探査機を送るというバリバリ理系ミッションの物語だけど、そこまで科学科学していない。
インド映画だし、インド映画らしく踊ったりもするんだけど(僕はインド映画で突然踊られるのが苦手。「ラ・ラ・ランド」とかも突然踊るから苦手)、この映画ではその踊りの違和感は少ないし、でもインド映画っぽさもちゃんとある。

そして何より、これが実話をベースにしてるってのが、やっぱ凄すぎるよなぁ。

僕は正直、2014年にインドが火星に探査機を送り込んだというニュースのことは忘れてた(だからこの映画も、映画になってる以上は成功するんだろうと思いつつも、成功するのかしないのかドキドキしながら観た)。

どうして忘れてたのかは、たぶん説明できる。それは、インドの宇宙開発が遅れている、という印象を持っていなかったからだ。

インド人は、特に数学力に長けた人が多くて、僕の中では科学力も結構あるんだと勝手に思ってた。いや、あるんだろうけど、宇宙開発というのは長年の経験とか資金とかも物を言う世界なんだろう。また、映画の冒頭は、ミッションのチームリーダーが打ち上げに失敗するシーンから始まるのだけど、その場面で、「インドの優秀な科学者はみんなNASAにいる」みたいなことを言って、インドで宇宙開発なんかまともに出来るわけがないと糾弾する人物もいる。確かに、優秀なインド人で宇宙に興味があれば、NASAに行ってしまうかもしれない。実際この映画でも、火星ミッションに配属された野心のある若い科学者が、NASAと火星ミッションを天秤にかけるシーンも出てくる。

さてともかくも、インドは世界的に見れば宇宙開発は遅れているようなのだけど、僕にはその認識がなかったので、恐らく2014年にインドが火星に探査機を送り込んだニュースは見たと思うんだけど、「凄いなぁ、でもインドなら出来るか」と思ってすぐ忘れてしまったのだと思う。

さてそれではとりあえず、彼らのチームが成し遂げたことがどれだけ凄いのかを書いてみよう。
まず、世界中の国で、一度の挑戦で火星に探査機を送り込むことに成功したのは、インドだけだ。アメリカもロシアも幾度も失敗している。映画の中では確か、アメリカは最低4回、ロシアは最低8回は失敗していると言っていたはず。これだけでもまずとんでもない偉業だろう。

さらに凄いのは予算だ。インドのチームが火星ミッションに取り掛かるタイミングで、アメリカでも幾度目かの火星ミッションがスタートしていた。「メイブン」というのがそのミッション名だ。アメリカの「メイブン」は、予算が600億ルピー(今調べたら、1ルピーは1.41円らしい)である。しかしインドのチームはそれを、たった80億ルピーでやらなければならない。アメリカの予算とインドの予算の意味は大きく違う。アメリカでは、何度も火星ミッションにチャレンジしているわけだから、過去の失敗や知見などは使える。その上で600億ルピー掛かるのだ。しかしインドでは、まったくの未経験の状態で80億ルピーしか使えないのである。しかもこの予算、なんとプロジェクトの進行とともにさらに減ってしまうのだ。

映画の最後に、恐らく実際に行われたのだろう、インドの火星ミッションに関する(たぶん大統領の)スピーチが流れていた。そこで予算に関して、非常に印象的な表現をしていた。

【インドでは、オートリキシャに乗って1キロ走ると、大体10ルピー掛かる。しかし火星までは、1キロ7ルピーで到達した】

【ハリウッドの宇宙映画の制作費より安い予算で火星まで到達した】

これは非常にイメージしやすい表現で素晴らしいなぁ、と思う。特に、インド国内で1キロ10ルピー掛かるのに、6000万キロ離れた火星までの道のりを1キロ7ルピーという表現は、見事としか言いようがない。

さてそんな、どんな大国にも不可能だったミッションを成し遂げることが出来たのは何故だろう?この映画の面白いところは、「家庭の節約術」をヒントにしているところだ。どこまで実話を元にしているのかは不明だけど、全部創作ということはきっとないだろう。

そもそもインドが火星に探査機を送り込むために使ったPSLVというロケットは、月までの燃料しか積めない。「?」と思うだろう。月までの燃料しか積めないなら、どうやって火星まで行ったんだ、と。

これを見事なアイデアで突破したのが、家庭を持ち家事なども奮闘している女性科学者であるタラである(ちなみに、どうやら映画では、実在の人物と名前は変えているようだ。たぶん、実在しない人物も映画に登場させたりしているからじゃないかと思うけど)。タラは、家事を手伝ってくれるメイドが料理中にちょっとしたトラブルに困っているのを見て、そのアイデアを思いついた。そして、月までの燃料しか積めないロケットで、火星まで探査機を飛ばす方法を示したのだ。これがすべての始まりだった。

その後も、低予算、未経験者揃いのチームで、トラブルは続出。しかしその度に、ほぼ女性がメインとなっているチームの誰かが、なんとか解決策をひねり出していく。

とはいえ、映画全体の中で、そういう科学的な描写はほぼ登場しない。「家庭の節約術」と絡めて面白く描写出来るようなものに留まっている。限りなく科学的な描写は減らし、しかし科学ミッションの困難さや達成感などは絶妙に描き出し、たぶん火星とか全然興味ないような人でも、「凄い」「テンション上がる」「こんな仕事したい」みたいに感じるんじゃないかと思う。

とまあ、色々書いてますが、とりあえず内容をざっと書いておきます。
ISRO(インド宇宙研究機関)は、非常に有能な科学者であるラケーシュ・ダワンをチームリーダーとして、GSLV(静止衛星打上ロケット PSLVとは別物)の発射準備に入った。しかし、カウントダウン直前、タラの担当画面に異常が表示されるが、発射場の気温のせいだと考えGOサインを出してしまう。その結果、GSLVは軌道を外れ、自爆させざるをえなくなる。リーダーのラケーシュは、その責任を取る形で、2022年までに探査機を送り込むミッションに従事するよう命じられる。これは栄転などではまったくなく、「不可能なミッションをあてがい、自発的に辞めさせる戦略だ」とラケーシュは感じる。しかしそれでも、ラケーシュは火星ミッションをやろうと決意する。もちろん、成功のあてはなかったが。
しかしある日、ラケーシュの元にタラがやってくる。タラは、GSLVのミッションの失敗に責任を感じていて、幾度かラケーシュの元を訪れていたのだが、その日はあるアイデアを持ってきた。それが、PSLVで火星に探査機を送り込むという、誰も考えたことのないアクロバティックなアイデアだった。彼らはそのアイデアをプレゼンし、予算獲得に挑むが…。
というような話です。

既に内容についてあれこれ書いたのだけど、ここからは「プロジェクトマネジメント」という点で色々書いてみたいと思う。これも、どこまで実話なのか分からないけど、映画で描かれているプロジェクトマネジメントは、とても素晴らしい。

まずリーダーのラケーシュが最高だ。あまり明確には描かれないが、【私には科学と宇宙しかありません】というほどだから、とにかく生粋の科学者という感じだろう。恐らく、変人クラスの天才なんだと思う。しかし、そういう人にありがちな、他人の心が分からない的な感じは全然なくて、むしろ見事な人心掌握術を持っている。

例えば、火星ミッションには、まったく期待されていないが故に、経験が浅い、あるいはほとんどない新人科学者ばかりがあてがわれた。タラはこの配属を見て、これじゃプロジェクトは実現できないと嘆く。しかしその時ラケーシュは、たぶんインドで行われたのだろうあるサッカーの試合を例に出してタラを宥める。世界最強と言われたチームと戦わなければならなくなったインドチームが、実際には勝利を収めた、という話だ。

チームメンバーの一人が妊娠した時も、タラは別のメンバーの補充を考えたのに対し(これは、そのメンバーに産休を取らせなければならないという配慮から来るものだけど)、ラケーシュは、こんなチャンスはなかなかないんだから産休を取りたいかどうかは本人の意思次第であるべきだし、残るなら全力でサポートすると言うのだ。そして実際、ミッションルーム内に育児所を設けたりもする。

あるいは、「チームメンバーが定時で帰ってしまう問題」もあった。火星ミッションは、タラのアイデアのお陰で、月までしか行けないはずのPSLVで実現可能だと分かったが、しかしそれを実現させるためには、地球と火星が最接近するタイミングを狙うしかない。2年2ヶ月ごとにそのサイクルはやってくるので、打上げまで600日を切っていたのだ。はっきり言って、定時なんて気にせずにガムシャラに仕事をしまくらないと絶対に実現できない。けど、みんなは定時で帰ってしまうことを、タラは嘆いていたのだ。

そんなタラに対してラケーシュは、「君にとっては火星は夢だけど、みんなにとってはただの仕事なんだ」と言って諌める。そして、「みんなにとっての夢にしないとね」と言って1週間の出張にでかけていく。

そしてタラも、ラケーシュがいないこの1週間の間に、火星がみんなにとっての夢になるような行動を実行に移し、チームを一つにまとめあげていく。

そういう、プロジェクトマネジメント的な観点から見ても面白い。

またこの映画は、チームメンバー個々の物語についても、そこまで深堀りされるわけではないにせよ描かれていく。タラの家族の描写が多いが、他のメンバーも個々に様々な事情を抱えている。誰もが、プロジェクトだけに全力を注げるような環境にいるわけじゃない。もちろん、世界のどこもなし得ていない無茶なミッションをやろうというのだから、無理していないはずはない。ないのだけど、しかしそういう個々の事情も描き出すことで、「仕事だけではなく、人間としてもちゃんと生活している感」みたいなものが出て、凄く良かった(この点は、実話に即している部分だと良いなぁと感じる)。

ラケーシュに関しては、個人的な背景は描かれていないけど(恐らく、科学研究以外の背景が無いような、研究漬けの人物なのだろう)、ラケーシュがある会議に乗り込んでいくシーンは素晴らしかった。一方では実利も説きつつ、夢も語ることで、その場の雰囲気を支配していくようなプレゼンは、お見事という感じでした。

ラケーシュ役の俳優さん、どっかで見たことあるんだよなぁ、と思ったら、『パッドマン 5億人の女性を救った男』でした。今回の映画は、この『パッドマン』の主演とスタッフが再結集して作られたそうです。『パッドマン』も超良い映画だった(しかもこっちも実話)ので、是非観てみてください。

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