【映画】「薬の神じゃない!」感想・レビュー・解説

もっとドエンタメ作品かと思ってナメてた部分はちょっとあるんだけど、正直、思ってたのと全然違う映画だった。超絶良かった。物語としても面白いし、凄く考えさせられる映画でもある。


ただ映画を観ながら、これは難しい問題だなぁ、とずっと思っていた。

物語の核となるのは、高額な正規医薬品と同等の効用があるが、認可されていない外国の薬を密輸する、というものだ。映画の中では、はっきりそういう描写があるわけではないが、「正規の薬を製造している製薬会社」を悪者扱いしている感じがある。実際、映画のラストでは、正規の薬である「グリニック」に対しては、他の製薬会社などからも薬価に問題があるのではないかと疑義が上がったと紹介されている。グリニックが1瓶3~4万元なのに対し、インドで製造されているジェネリック薬は同じ量で5千元だというのだから、暴利と言われても仕方ない部分はもちろんあるだろう。

とはいえ、この製薬会社を擁護するわけではないが、薬の開発に莫大なお金が掛かることも事実だ。

コロナに関連して、ワクチン開発の報道がなされることもあり、それによって、ワクチン開発の大変さみたいなものを目にする機会も増えただろう。ワクチンは、開発するのに10年掛かることもザラであり、しかも最終の治験まで進んだが、そこで何か問題が発生し、開発が中止になることもある。薬の開発というのはそういう、膨大な失敗の上に成り立っているのだ。それに、グリニックという薬、そしてそれと同等の効用を持つインドのジェネリック薬がそれぞれどのように開発されたのか知らないが、恐らくグリニックの開発の方は、「そんな薬が作れるのかどうか分からない」という状態での開発だっただろうと思う。一方、インドの製薬会社の方は、「既にそういう薬が存在するのだから開発出来る」という状態でスタートしているのではないかと思う。これは僕の憶測でしかないが、そうだとするなら、この差は結構大きいと思う。グリニックが、成功するかどうか分からない状態で行われたのであれば、その投資はやはりリスクそのものであって、一方ジェネリック薬の方は、ある程度投資すれば薬が開発できることが分かっているのであればそれはリスクとは呼べないだろう。リスクを取ってその道を進んだものが、より多くの利益を得るというのは、経済の原則に照らして間違っているとは思えない。

1瓶4万元という値段は、疑義が上がったことからも妥当な値段ではないのだろうが、それでも恐らく、5千元で売れる薬にはならないのではないかと思う。投資した分を回収しなければならないとすれば、薬の値段がある程度高額になることは仕方ない、と僕は思う。

だから、この映画を観て、”必要以上に”製薬会社が悪く捉えられるとしたら、それはそれで問題があるな、と感じる。恐らく、この映画で描かれる製薬会社は、暴利を貪っていたのだろう。しかしだからと言って、高額な薬を作っている他の製薬会社も同列に並べていいわけではないだろう。

また、確かにこの映画の主人公はヒーローだと思う。しかしそれは、「安い薬によって多くの患者を救ったから」ではない。その行為を”必要以上に”称賛してしまうことは危険だ。何故なら、リスクを取って薬を開発した製薬会社が投資した分を回収できない内にジェネリック薬が浸透してしまうことが「当たり前」になってしまえば、大きなリスクを取って薬の開発を行う製薬会社など存在しなくなるだろう。それは、結果的に、未来の患者のためにならないはずだ。

だから、映画を観ている間、僕は、この主人公に対して非常に複雑な感情を抱いていた。彼の行為を称賛したいが、しかしそれによって、真っ当な薬の開発に支障が出る結果になってしまうのではないか、というジレンマを解消できないでいたからだ。

しかし、ネタバレになってしまうかもしれないが、最後の展開を知って非常に安心した。結果的に、「グリニック」は保険で買えるようになったのだ。国の制度が変わったということだ。そしてその大きなきっかけとして、主人公の行為がある。この事実を知って、僕は気兼ねなく主人公のことを称賛することが出来るようになった。彼は、結果的にではあるが、中国全土の患者が救われる制度変更の手助けをすることになったのだ。これは凄まじい成果と言っていいだろう。

この映画ではまた、法と正義の対立が如実に描かれる。主人公は、本人も明確に自覚出来る形で法を犯している。しかしそれは、紛れもなく正義のためだ。しかし、警察は秩序を維持するために、法を犯す者を取り締まらなければならない。情よりも法を優先しなければならない立場なのだ。しかし一方で、この犯罪者が、普通には成し得ない正義を実現していることも理解してしまっている。その上で、薬の密売の行為を糾弾することによって多数の死者が出るとしても法を優先すべきか。その決断に悩む者たちも描かれる。

残念なことではあるが、法や制度は、時代の変化をすぐには反映できない。それはいつの時代も変わらない。非常にいたたまれないことだが、何か目に見えるような被害が出てからでないと、法や制度は変えられないことが多い。日本でも、公害による被害や、ストーカー被害など、取り返しのつかない被害が出てから法律が変わった事例が様々あるだろう。仕方ない、という言葉でまとめることに大きな抵抗はあるが、これはある程度致し方ないことなのだと僕は理解している。

変化の過渡期というのは、いつの時代、どんな場所にでも存在しうるし、自分がたまたまその時、その場所にいるという偶然に見舞われることもあるだろう。もちろん、変化の過渡期というのは悪いことばかりではないが(パソコンが家庭に普及していなかった時代に日常的にパソコンに触れられる環境にいた子供は非常にラッキーだろう)、この映画で描かれるように、残酷な現実としてやってくることもある。

主人公は、その変化の過渡期に、たまたまそこにいて、ある種たまたま巻き込まれたに過ぎない(もちろん、主人公も最初は金儲けのために始めたことではあるが、しかしその金も、子供を育てるためだったり、親の手術代を捻出するために必要だったりする)。しかしいつの間にか彼は、それこそ邦題のタイトルにあるように「神」のような立ち位置にならざるを得なくなってしまう。

同じ境遇に立たされた時、彼のように振る舞える自信は、僕にはない。しかし、そういう状況になったら、なけなしの勇気を振り絞れる人間でありたい、と強く思った。

内容に入ろうと思います。
インド製のバイアグラの偽物のような薬を販売する店主であるチョン・ヨンは、なかなか困った状況にいた。離婚協議の真っ最中で、チョンに懐いている息子を妻に取られそうになっている。店の家賃も払えず、大家から催促が厳しい。父親も病気で介護が必要だ。それでも虚勢を張って頑張っているが、妻の弟であるツァオ刑事に殴られたりと散々な状況だ。
そんな中、金がない状況を見かねた友人がチョンにある人物を紹介した。リュというその男性はマスクを三重につけており、聞けば慢性骨髄性白血病だという。中国では、「グリニック」というスイスの製薬会社の正規の薬があるが、1瓶4万元と超高額で手が出ない。だが、インドの製薬会社が、同じ薬効でもっと安い薬を販売しているから、それを輸入してくれないか、という相談だった。彼がインドからの輸入ルートを持っていると見込んでの相談だ。しかしチョンは断った。当然だ。中国ではニセ薬の販売は重罪で、リスクがデカイ。しかし、父親の手術代など金が必要になったチョンは、仕方なくリュに再度連絡を取り、インドまで言って薬の代理商の権利を獲得した。
当初、ジェネリック薬はまったく売れなかったが、リュがある人物のことを思い出す。白血病患者が集まる掲示板の主で、白血病の娘を持つスーフェイだ。彼女とコンタクトを取ったことから一気に販路が広がり、ジェネリック薬は密かに爆発的に売れることになる。英語の通訳が必要だと引き込んだ牧師のリウと、ひょんな形で関わることになったボンの5人で、ジェネリック薬の密売を展開していた。
一方、「グリニック」の製薬会社から政治的な圧力が掛かったこともあり、警察はこのニセ薬の摘発に乗り出すことになる。ツァオ刑事もその捜査に組み込まれることになるが…。
というような話です。

メチャクチャ良い映画でした。いやホント、この映画も、まさか泣くとは思わなかったです。前半と後半では、映画のトーンが大分違っていて、前半は一発逆転で金持ちになった男の成り上がりを描くのだけど、後半ではまったく違う感じになっていく。

何がいいって、なんだかんだ主人公はメッチャ良いヤツ、ということです。前半の成り上がりの描写でも、傍若無人っぽく振る舞いつつ、要所要所では良い人っぷりが滲み出てしまう。そして、結果的にはその良い人っぽさが、彼をヒーローにしていくわけです。

中国の映画だからということもあるかもしれないけど、とにかくこの映画は、徹底的に「個人の物語」として描かれる。たぶん本当の問題は医療制度そのものなんだけど、そこには直接的に触れず、チョンの個人の行動として映画が構成される。それそのものは、物語的にもとても良いと思うのだけど、やはり最初の方で少し指摘したように、チョンの行為があまりにも英雄的に捉えられすぎて、問題の本質が見えにくくなるような気もした。「グリニック」は”高すぎた”のだろうけど、薬が高額になってしまう理由というのはあるのだし、また、チョンの行動が無批判に称賛されてしまうことは、製薬会社の経営を圧迫し、結果的に未来の患者の不利益につながる可能性もある。チョンという個人にスポットが当たりすぎることで、その辺りの曲解を生まないだろうかと、要らぬ心配をしたりした。

より多くの人が救われるべきだというのは、誰も異論を出さないだろう当たり前の考えだと思う。しかしその考えには、様々なレイヤーが存在していて、少しずつ噛み合わない。その噛み合わなさは、法や制度と、時代との噛み合わなさでもあり、それに個人で立ち向かっていくことは本来的には難しい。だからこそ、彼の行為が英雄的に映るのだろう。良い映画だった。

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