【映画】「先生、私の隣に座っていただけませんか?」感想・レビュー・解説

思ってたよりずっと面白かったなぁ。よく出来てる話だなぁと思う。

まずは内容から。
漫画家の早川佐和子は、最終回の原稿を仕上げた。夫の俊夫も漫画家なのだが、長らく筆を折っており、今は妻のアシスタントのようなことをしている。担当編集者である桜田千佳に原稿を渡し帰る際に佐和子は、「駅まで送ってあげたら?」と俊夫に声を掛ける。
顔を見合わせる2人。
2人が部屋を出て、しばらく待った佐和子は、2人の様子を見ようとドアを開けようとするが、そこに電話が掛かってくる。
佐和子の母親が、事故で足を怪我したというのだ。
車がなければ生活が不便な環境に住む母をサポートするために、佐和子と俊夫は母親の元へ向かう。2人とも、しばらくそこで生活することに決める。
連載が一段落した佐和子は、車の免許を取ろうと考える。いつも俊夫に送り迎えをしてもらうのは申し訳ないからだ。と同時に、次回作のネームも考えなければならない。
最初は「農業ファンタジー」を描こうと思っていた佐和子だが、ある日一気に描きあげたネームはまったく違うものだった。俊夫に次回作のテーマを聞かれ、佐和子はこう答える。
「うーん、不倫、かな」
教習所にいる佐和子の部屋に入り、ネームを盗み見る俊夫。そこには、驚愕のストーリーが描かれていた。
『漫画家は、最終回の原稿を仕上げた。夫も漫画家なのだが、長らく筆を折っており、今は妻のアシスタントのようなことをしている。担当編集者に原稿を渡し帰る際に漫画家は、「駅まで送ってあげたら?」と夫に声を掛ける。
顔を見合わせる2人。
2人が部屋を出て、しばらく待った漫画家は、2人の様子を見ようとドアを開けようとするが、そこに電話が掛かってくる。
漫画家の母親が、事故で足を怪我したというのだ……』
現実そっくりのことが、妻の漫画に描かれていた。
そして第2話のネームには、佐和子が教習所のイケメン教官に惚れていく姿が描かれ……。
というような話です。

ストーリーがメチャクチャ良く出来てるなぁ、と思った。妻が仕掛ける漫画と、それに翻弄される夫のやり取りが、表面上は非常に静かなのに、裏では怒涛のような展開を見せていて、絶妙なすれ違い振りが面白い。

映画の構成は、非常に分かりやすくなっているというか、観客は割とすぐ、「俊夫視点のパートは現実」「佐和子視点のパートは漫画(を実写で表現している)」と理解できる。佐和子視点のパートは、実際は「俊夫が佐和子のネームを盗み見ているだけ」なのだが、観客としては映像で見ることになるから、リアルとの違いが分からなくなっていく。

それは俊夫にしても同じで、俊夫は妻が描いているネームの内容を、頭では「フィクション」だと理解しながらも、「現実に起こったこと」なのではないかと感じる。そう感じる理由はもっともで、俊夫が佐和子と交わした会話などのやり取りがリアルに描かれているからだ。

つまり、自分が知らない教習所内の出来事も本当にあったことなのではないか……と、俊夫としては考えざるを得ない。

さらに俊夫を恐怖させるのは、「妻は自分の不倫に気づいているのか」だ。

映画の冒頭からしばらくの間、「俊夫と千佳の不倫」についての確定的な情報はほぼ描かれない。妻の佐和子が、2人の不倫を疑っているのだろうと推察できる場面は多々出てくる。また、佐和子のネームを読む俊夫が、その内容に驚愕している場面も描かれる。

ただし、「俊夫と千佳が不倫をしている現場」は描かれないし(佐和子の漫画内の描写としては登場する)、「俊夫が千佳との不倫について確定的に認める言葉を発する」こともない。観客は、「俊夫が千佳と浮気をしているのはほぼ間違いないが、しかしはっきりとは分からない」という状態で映画を観ることになる。

面白いなと思うのは、「仮に俊夫が不倫をしていないとしても、映画内の俊夫の振る舞いはそこまでおかしなものではない」ということだ。というのも、ネームには、妻の佐和子がイケメン教官に恋をしているかもしれない、という描写が出てくるからだ。

仮に俊夫が不倫をしていないとする。その場合、「妻の不倫」に動揺しているということになる。妻を問い詰めないのは、「勝手にネームを読んでいる」という負い目もあるし、「漫画内のことをリアルだと勘違いして目くじらを立てるのもダサい」し、さらに「長いこと漫画を描いていないがゆえに、生計を担っているのが佐和子の方である」という理由も挙げられるだろう。

もちろん、俊夫は不倫をしているし、だから今書いたような見方にはならないのだが、「俊夫が不倫をしていないとしてもさほど違和感のない展開のさせかた」をしているところが、さらにどっちつかずの緊迫感を増している感じがして、僕は上手いと思った。

これから物語はどんな風に展開していくんだろう、という興味で物語を追っていくことになるのだけど、佐和子がさらに俊夫を翻弄する展開になっていき、絶妙な心理戦が展開されていく。何がウソで、何がホントなのか、ギリギリまで分からないように話をもっていきながら、最終的に読者に結末を委ねるような展開になるのも面白い。

ある意味で「クライマックス」と言っていいだろう、「ちょっと話いい?」から始まる一連の流れは見事だと言っていい。特に、「まさに今2人の間に起こっていること」と「ネームの中の2人に起こっていること」がリアルタイムでリンクし、「ネーム上の文字を書き換える」という形で物語がさらに進展していく展開は、この作品の設定を絶妙に生かした、メチャクチャ良く出来てる場面だと思う。

さらにそこから、「なるほど、だからこのタイトルなのか」と感じさせる展開になる。これも上手い。本当に色んな要素がラストに向かって見事に収束していく感じがあって見事だった。

演技のことについて書くと、柄本佑のダメ人間感が素晴らしすぎた。特に、ところどころ俊夫が口にする「えっ」という小さな声が、俊夫のその時々の微妙な心理を絶妙に描き分けている感じがあって、柄本佑上手いなぁ、と思った。

この映画の感想をチラッと覗いてみると、「どこまでが真実なのか?」みたいなことを書いてる人がいるんだけど、僕からすればそれは明らかだろうと思う。「佐和子は不倫をしていない」というのが僕の結論だ。イケメン教官が「佐和子さんと外で会ったのは今日が初めてです」と言っていたのは事実だろう。

佐和子が俊夫に対してああいう結末を用意して、それを継続させていこうとするならば、佐和子は俊夫と同じ土俵に立つわけにはいかないだろう。佐和子視点に立てば、「一点の曇りもない状態で俊夫に結論を突きつける」という状態であることが重要なのだと思う。

佐和子は「これで復讐はお終い」と言っていた。その後、漫画内の描写として、佐和子の母親が「最初から許すつもりなんてなかったんでしょう?」と聞く場面があるが、あれはあくまでも漫画内の話だ。佐和子の母親のそれまでに描かれ方的にも、あの場面だけ違和感が大きいので、リアルの出来事ではないことは明らかだと思う。

みたいに考えて、僕は、「漫画で描かれているイケメン教官との不倫の話はすべてフィクション」と考えている。

設定の時点で「勝ち」だと思うが、さらにその設定を見事に料理し、非常に良く出来た物語として仕立て上げていると感じた。お見事。

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長江貴士
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