【映画】「息子のままで、女子になる」感想・レビュー・解説

映画を観て、残念だなと感じたのは、畑島楓の言葉がどうも響かないこと。「言葉が強くない人だな」と感じてしまった。

「残念」というのは、僕の感想でもあるのだけど、彼女にとっても残念だという感じがする。アイコニックな存在であることは間違いないのだろうし、発信者やインフルエンサーとして表に立つ機会も多いだろう。時代が変わる過程では、そういうアイコニックな存在がとても重要になるし、僕個人としては、彼女のような人が先頭に立って色んなものを切り開いていってもらいたいと思っている。

ただ、そういう存在だからこそ、言葉が強くないというのはちょっともったいないと感じてしまった。今は、写真や映像が強い時代だとはいえ、やはり最後に人を動かすのは「言葉」だと僕は思っているからだ。

個人的にも、「言葉」が強い人に興味がある。というか、そういう人じゃないと、なかなか関心を持つことが難しい。映画の中で彼女は、様々な場面で自分の考えを語るのだけど、少なくとも僕に響くものはほとんどなかったし、その点が、この映画の致命的な部分だとも感じる。

だから彼女は、写真とかコンテストとか、そういう部分で発信していくのがいいような気がした。

映画の作り的にも、うーんどうなんだろう、と感じてしまう部分があった。それを一言で説明すると、「畑島楓という人を知っている人向けに作ってません?」という表現になる。

僕は映画を観に行く時に、詳しい情報を調べずに行くし、今回も、彼女の写真は観たことがあったけど、名前もどんな経歴の人なのかも全然知らないまま観に行った。

そういう人間がこの映画を観た時、「畑島楓」という人間がどういう人物なのかということが、イマイチ理解できない。

映画を観終えた今も、きちんと理解しているわけではないのだが、彼女がアイコニックな存在になっている理由(の一つ)は、「手術せず、即ち戸籍も変えていない状態で、女性として就職活動をし、採用されている」ということなのだろうか。まずその段階で、僕には正しい理解がない。この映画は、「畑島楓」を切り取っていくのだけど、そもそも「畑島楓というのはどういう人間なのか」という基本情報が映画の中でほとんど説明されないので、彼女がなぜ注目されているのかが分からない。

LGBTQというものが日本でも広く市民権を得るようになったし、僕自身も関心がないわけじゃない(じゃなかったらこの映画を観に行かない)のだが、やはりまだまだ「基本情報」を知らない人は多い。LGBTQの世界で「畑島楓」という人は注目を集めているのかもしれないが、「どういう理由で注目されているのか」ということはちゃんと説明しなければ、周縁の人間にはなかなか伝わらない。

もちろん、「この映画は、もともと畑島楓について知っている人向けに作ったものです」ということなら、別に問題はない。僕が適切なターゲット観客ではなかった、というだけの話だ。しかし映画を観て、そうは思えなかった。彼女には、「自分が発信をしていくんだ」という意気込みみたいなものがあるように感じたし、だとすればその対象には、LGBTQへの理解や関心がまだ薄い人も含まれているだろう。

だとしたら、この映画は、ちょっと作りを誤っているのではないかなぁ、という感じがした。

映画を観ていて、「こんなシーン必要かなぁ」と感じる場面が結構あった(たとえば、街の雑踏などの場面をザッピングするみたいな場面)。そういう箇所をもっと削って、「畑島楓という人が、LGBTQの世界でどんな立ち位置にいる人なのか」をもっと丁寧に記述してくれる方が良かった、と僕は思いました。

そういう説明がもう少しあれば、彼女の言葉も、「なるほど、そういう背景・前提があるからこういう言い方になっているのね」みたいな理解になった可能性もありますし。

僕が一番印象的だったのは、彼女の父親が思わず笑ったシーンだなぁ(ここは、観客の多くも笑っていたと思う)。それまで一度も、真剣な顔つきを崩さなかった父親だから、非常に印象に残っている。

あと、この映画の中で唯一、彼女の発言で「なるほど」と感じた発言を紹介します。

畑島楓は、LGBTQの就職・転職をサポートするような会社に関わっていて、そこが主催のイベントが渋谷で行われました。LGBTQへの理解がある会社とのマッチングを行うイベントです。

その会場で彼女は、乙女塾の塾長という方と対談をしていて、その中でその塾長が、「LGBTQに理解があるかどうかで会社選びをしない方がいいですよ。何故なら、10年も経てばそれは当たり前になるからです。だからもっと、やりたいことを基準に選びましょう」みたいなことを言っていました。これはこれで正論だなと思いつつ、「LGBTQにフレンドリーな会社とLGBTQの人をマッチングしよう」というイベント内での発言をしてはちょっと空気が読めてないような気もするなぁ、と感じたりもしました。

でも、それを受けての畑島楓の切り返しが見事でした。

【ただ、10年か15年か分かりませんけど、LGBTQに理解があることが当たり前になった世の中では、今日ここに来てくださってる企業さんはもっと先の、別の課題に目を向けて、それを解決しようとしているんだと、私は期待しています】

これは、乙女塾塾長の発言に対するある種のフォローでありつつも、来てくれている企業の良さをさり気なくアピールし、さらに畑島楓というアイコニックな存在としてもしっくり来る、絶妙な発言だったなと感じます。この場面だけは、「この切り返しは見事だなぁ」と唸ってしまいました。

個人的には、ちょっと残念だなぁ、という映画でしたけど、彼女には是非頑張ってほしいと思います。

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