【映画】「焼肉ドラゴン」感想・レビュー・解説
僕らの生活は基本的に、誰かの・何かの都合の上に成り立っている。
生活が安定している場合、その誰か・何かは見えない。しかし、ちょっとしたことで、それはスッと姿を現す。その時に初めて、自分の生活が、自分の意思ではどうにもならないものの上に成り立っているということに気付かされることになるのだ。
それは、どこに住んでいるどんな人にも起こりうる。自治体が原発を誘致するかもしれないし、空き家が増えたことで治安が悪化するかもしれないし、未曾有の災害によって住処を奪われるかもしれない。事前に手が打てるものもなくはないが、実際にそういう状況に直面してみないと、僕らにはその被害の甚大さが理解出来ないし、そういうものに予め労力を割く気力がない。だから皆、何か起こってから慌てふためくことになってしまう。
ただ、状況や立場によっては、自分の足元が常に不安定であるということを意識し続けながら生きなければならない人もいる。
常にその意識を突きつけられたまま生きる、というのは、相当にしんどいだろう。僕らは普段、実際には幻想であったとしても、ここでの生活がずっと続くものだ、という前提の元で生きていける。明日にはここでの生活が終わってしまうかもしれない、という不安と共に生きなければならない人は、そう多くはないはずだ。だからこそ、そういう生活は、なかなか想像が及ばない。
この映画は、そういう覚悟を常に突きつけられながらも、明るくたくましく生きる人々を描く作品だ。
内容に入ろうと思います。
時は高度経済成長期真っ只中の1969年。大阪の空港のすぐ近くの国有地に、「焼肉ドラゴン」はある。そこは、在日朝鮮人が掘っ立て小屋のような建物で暮らしているゴミゴミとした町で、常に市から立ち退きの話が出ている。しかし住民たちは、狭く汚くやかましいこの町で、とりあえず精一杯生きている。
「焼肉ドラゴン」には、常に人が集まっている。店主の「龍吉」から、皆が「ドラゴン」という名前で呼ぶようになった焼肉屋だ。店主とその妻はどちらも娘を連れての再婚で、長女・静花、次女・梨花、三女・美花の三人がいる。静花は事情があって足を引きずっており、美花はキャバレーのボーイ(既婚者)と付き合っている。物語は、まさに梨花が哲夫と結婚する、というところから始まるのだが、気性の荒い哲夫が市役所で婚約届を破り捨てたことでいきなり険悪なムードである。しかし「焼肉ドラゴン」では、家族や常連客たちとの喧嘩は日常茶飯事。いつでも何かゴタゴタが起こっている。
両親の再婚後に生まれた時生は、色々あって心を病んでいて、学校にもあまり行けていない。片腕しかない父親を手伝いながら、屋根に登って町を見たり、本を読んでいたりする。
家族だからこそ、喧嘩し、言い合い、反発し、反対し、それでも、彼らはきちんと繋がっている。それぞれが問題を様々に抱えていて、在日朝鮮人であるという理由で乗り越えがたいこともたくさんあるけど、それでも彼らは日々、真っ直ぐ前を向いて生きている。
というような話です。
良い映画だったなぁ。僕は凄く好きでした。内容紹介を文章にしようとするとなかなか難しくて、映画の中では色々起こっているはずなんだけど、何か核となるようなストーリーがあるわけじゃない。とにかく、「焼肉ドラゴンで起こっている色んなこと」としかまとめられない作品で、そういう意味では雑多な映画なんだけど、グイグイ引き込まれるような力があるなと思います。
やっぱりその源泉は、彼らの陽気さだろうな、と思います。とにかく、家族間で色んな問題が頻発するし、いつだって誰かと誰かが喧嘩してるような感じなんだけど、それでも彼らは、喧嘩する時はする、終わったらスパッと陽気になる、みたいな、陰湿さがあまり感じられないようなカラッとした感じがあって、それが見ていて心地よかったし、爽快な感じがしました。
彼らが在日朝鮮人である、ということは、物語の中で明確に扱われる場面というのはそう多くはありません。普通に見ていると、彼らの物語は日本人の物語に思えます。ただ、何か問題が起こった時の個々人の判断や反応の中に、在日朝鮮人として日本で生きなければならない身の上であることの苦悩や苦労が垣間見える、と思いました。
それを一番実感させてくれるのが、父親ですね。戦争で片腕を失い、それでも子どもたちのために懸命に働いたこの父親は、様々な感情を飲み込みながら、自分たちはここで生きていくしかないんだ、という強い決意で様々な判断をしていく。口数の多い人物ではないのだけど、時折見せる表情や、言葉の端々から、複雑な感情と無理矢理に折り合いをつけ、この現実を生きようとする力を感じました。
物語の中で結構な割合を占めるのが、三姉妹の恋愛(や結婚)模様です。これもまあなかなか色々あって、うっかりすると書きすぎてしまいそうになるけど、この三姉妹の恋愛を巡る物語の中で、一番強く引き込まれるのが、長女の静花です。詳しいことは書かないのだけど、彼女もどうにもならない色んな感情を内側に抑え込んでいる人物で、それが時々爆発してしまうシーンは、さすがの迫力がありました。
この映画をどんな風に見てもいいと思うけど、とにかく、難しいことを考えなくたって楽しい気分になる映画です。僕が知ってる俳優だと、真木よう子・井上真央・大泉洋ぐらいですが、この三人の演技はさすがだなぁって感じだったし、その時代を知っているわけでもないんだけど、時代の空気感みたいなものも伝わってきました。