【本】ジェームズ・ラヴロック「ノヴァセン <超知能>が地球を更新する」
本書の帯が落合陽一じゃなかったら、まず手に取らなかったと思う。
何故なら、「ガイア理論」っていう響きが、なんかヤバそうだからだ。
ぱっと見、めちゃくちゃ胡散臭い。
で、その中身も、やっぱりなかなかの胡散臭さなのだ。日本語版解説を書いている佐倉統氏は、ガイア理論をこう要約している。
【地球はひとつの巨大な自己調整システムであり、すなわち生命体のようなものだ】
序文を寄せているブライアン・アップルヤードは、著者に語られた「ガイア理論」を「理解できなかった」と書いている。また著者自身も、
【ガイア仮説について、英語圏の地球科学や生命科学の専門家たちのほとんどに受け入れられなかったのは事実】
と書いている。まあそうだろう。メチャクチャ怪しい。しかし彼は、「ガイア理論」を提唱する以前に、
【いくつもの賞や学位を授けられました。英国王立教会フェローに選出された際、その理由として挙げられた彼の業績は呼吸器感染症に関する研究、空気滅菌、血液凝固、生細胞の凍結、人工授精、ガスクロマトグラフィーなど多岐にわたりました】
という感じだったし、その後も、気候科学と、それに関連した地球外生命体の可能性についても評価されている。現在では、「ガイア理論」は受け入れられているようだ。しかもこの著者凄いのが、どこかの大学や研究所に属しているわけではないらしい、ということだ。
【それ以来わたしは、企業や政府機関からの依頼による仕事で得た収入と特許のロイヤリティによって生計を立ててきた】
さらに驚くべきは、本書は、著者の100歳の誕生日に合わせて出版された、ということだ。執筆時点で99歳。解説の佐倉氏は、
【著者名を知らずにこれが30代の新進気鋭の学者が書いたものだと言われたら、ぼくはなんの疑いもなく信じたと思う。】
と書いている。確かに、とても100歳の人の発想とは思えない。
さて、話を少し戻そう。落合陽一の帯じゃなかったら買わなかった、という話だ。とにかくそれぐらい、帯に書かれている「ガイア理論」というのは、胡散臭く思えたのだが、本書を読んで、なるほどと感じさせられることは多かった。
本書では、<超知能>が誕生し、宇宙は新しいステージに入る(自分で書いてて、ヤバい文章だな、と思うけど)と予言している。この<超知能>は、本書では「サイボーグ」と呼ばれているが、一般的には「人工知能」とか「AI」とか呼ばれる類のものを想像してもらえればいい。ただ、著者のイメージは、もっと広範だ。
【サイボーグについて言えば、新しい電子的生物圏の住民は、ロボットやヒューマノイドだと考えるのは明らかな誤りだ。微生物から哺乳動物ほどの大きさまで幅広い生物が存在するひとつのエコシステムが形成される可能性もある。言い換えれば、わたしたちの生物圏とは別の、もうひとつの生物圏が共存することになるのだ。】
微生物サイズのものから哺乳類サイズのものまで、あらゆるタイプの電子的生物が生み出されるだろう、と著者は想定している。
さて、こういうAIの話になるとよく、「AIが人を襲う」や「人類とAIの戦争になる」というようなイメージが出てくる。SFなどでそう描かれるからだ。で、以前読んだ落合陽一の本に、そうはならない理由としてこんな風に書かれていた記憶がある。
「AIには寿命がない、あるいは寿命が人間よりも圧倒的に長い。だから、人間との間で何か争い事が起こっても、AIの人生時間からすればほんの一瞬のことだ。そんな一瞬のことのために、争いを選択することはないはずだ」
それを読んだ時も、なるほど、と感じたのだが、本書にも、なるほどと感じさせる理由が書かれていた。
【わたしたちの世界であるガイア(※地球のことだと思えばいい)を、AIによって拡がった生命体に少しばかり乗っ取られたからといって、いまのところそれは、SFで描かれるようなロボットやサイボーグ、ヒューマノイドとの戦いとはまったく別ものなのだ。だとしても、争いは不可避で、この惑星を懸けた地球規模の戦闘がすぐにでも始まるように思われるかもしれない。それが起こりそうにないとわたしが思うのは、誰もが十分の機能できるほど地球を冷涼に保ち続けるという共通のニーズがあるからだ。】
補足が必要だろう。
先ほど、「ガイア理論」について「自己調整システム」という言葉を引用した。まずこれを具体的に説明しよう。
【事実、これまでの35億年で太陽の熱の法車両は20パーセント増えた。これは地球の表面温度を50℃まで上げるのに相当する量で、そうなれば温室効果は上昇の一途をたどり、地球を不毛の地へと変えていたはずだ。だがそんなことは起こっていない。確かに温暖期があり氷河期があったものの、地球の表面全体の平均気温は現在の15℃から上下約5℃の変化しかなかったのだ。
これがガイアの働きだ】
つまり、地球が「自己調整システム」を働かせてくれているお陰で、生命が存続できるだけの表面温度に保たれている、ということだ。
では、その「自己調整システム」は何によって作動しているのか。これが面白いのだが、「生命」だというのだ。
【本当のところ、地球環境は居住可能性を維持するために大規模な適応を行ってきた。太陽からの熱をコントロールしてきたのは、生命なのだ。もし地球から生命を一掃したら、あまりにも地球が熱くなりすぎて、もはや居住は不可能だろう。】
「ハビタブルゾーン」という言葉がある。これは、「宇宙にもし地球外生命体が存在するとして、生命が存在しうる条件(太陽からの距離など)を満たした領域」のことを指す。本書で触れられているわけではないが、「SETI(地球外知的生命体探査)」と呼ばれるプロジェクトが実際に存在し、電波望遠鏡をハビタブルゾーンに向けて地球外生命体からのメッセージを受信するのを待っていたりする。
しかし著者は、「ハビタブルゾーン」というアイデアには欠陥がある、と考えている。何故か。
【そうした知的生命が人間とまったく同じこと、つまりハビタブルゾーンにある惑星を探しているとしよう。この地球外知的生命体は水星と金星は除外するだろう。明らかに太陽に近すぎるからだ。だが地球もまた、太陽に近すぎるとして除外されるだろう。火星こそが、唯一条件を満たす星だと結論づけるはずだ。
地球は並外れた量の熱を吸収して放出しているので、ハビタブルゾーンの内側にあるとは見なされないはずだ。地球外知的生命体の天文学者は太陽系を眺め、金星と比べて地球の表面温度があまりに特異であることに驚きを隠せないだろう】
僕は、「ハビタブルゾーン」というのがどういう条件で決まっているか知らないが、著者は要するに、「遠目で見て判断できるハビタブルゾーンの条件では、見誤るだろう」と言っているのだ。まさに、地球がそういう条件を満たした星だからだ。遠目からの条件では、この惑星に生命が存在するとは思えない。そして、そんなことが起こりうるのは、まさに生命がその惑星に存在していて、その生命が惑星の環境を作り変えるからなのだ、と。
そんなわけで、地球に生命が存在できるのは、まさにその生命が存在するからだ、という不思議な理由になる。
さて、そんな状態でAIが生まれようとしている。確かに彼らは、人間よりは厳しい環境で生き続けられるだろう。著者も、理論上は200℃でも耐えられるだろう、と書いている。しかし、仮にそうだとしても、地球の温度が50℃を超えると、AIも生き続けられない。何故なら、地球がもたないからだ。
【だがこの海の惑星はそれだけの気温に達することは決してない。50℃を超えれば惑星全体が、徐々に破滅的な環境へと遷移するからだ。いずれにせよ、50℃を超えても生きようとするのは無駄だろう。これよりも高い気温では、地球の物理的条件が、極限環境生物やサイボーグを含むすべての生命にとって生きられないものになる。】
そして、その帰結として、著者はこう主張する。
【こうした考察から導き出される結論は、人類を引き継ぐ生命体がいかなるものであれ、それは50℃を充分下回る気温で安定状態を維持することに、責任をもつことになるということだ。
もしわたしのガイア仮説が正しく、地球が実際に自己調整システムだとすれば、人間という種がこのまま生き残るかどうかは、サイボーグがガイアを受け入れるかどうかにかかっている。サイボーグは自分たちのためにも、地球を冷涼に保つという人間のプロジェクトに加わらなければならないだろう。それに、これを達成するために使えるメカニズムは、有機的生命だということも理解するだろう。人間と機械との戦争が起こったり、単に人間がマシンによって滅ぼされるといったことが起こることはまずないと信じているのはこれが理由だ】
つまり、AIにとっても地球が住める環境であるためには、人類と協力しなければならない、と著者は考えている、ということだ。まあ、地球を見捨てて火星に移住する可能性、についても触れているのだけど。
もしかしたら、AIの誕生がもっと前なら、人類と協力しなくても良かったかもしれない。例えば、200万年前に南太平洋に直径1キロの隕石が衝突しただろうという証拠は多数集まっているが、しかしそれが生物圏に長期的なダメージを与えたという形跡がない。しかし、【温暖化した地球は、より脆弱な地球なのだ】とあるように、温暖化が進んでいる今は、地球の恒常性(ホメオスタシス)は弱まっている。だから、今の地球に大きな負荷を与えると、深刻な問題が起こりかねないのだ。
とはいえ、「AIの誕生がもっと前なら」という前提は成り立たない、と著者は考えている。そもそも、AIのような電子的生命が誕生するには、まず有機的生命が誕生しなければならない。何故なら、電子的生命は進化がメチャクチャ早いので、仮に有機的生命以前に電子的生命が誕生しているなら、137億年の宇宙の歴史の中で、どこかの惑星で電子的生命が生まれ、地球にやってきていてもおかしくないからだ。
そしてさらに著者は、有機的知的生命は地球にしか誕生しなかった、つまり、地球外生命体は存在しない、と考えているのだ。こんな意見を聞いたのは初めてだから新鮮だ。
【最初の原始的な生命体から、コスモス(※「宇宙」のことだと思ってくれれば良い)を理解できる知能をもつ生命体へと進化するのには37億年―それはコスモスの歴史のほぼ3分の1だ―にわたる自然選択、つまり目をつぶって手探りをするような進化のプロセスが必要だった。さらに言えば、もし太陽系の進化が実際よりも10億年長くかかっていたら、コスモスについて語ることのできる生命はどこにも存在しないだろう。太陽がする猛烈な熱に対処できるようなテクノロジーを手にするだけの時間がないだろうからだ。こうした観点から言えば、コスモスは古いとはいえ、知的生命を生み出すのに必要なとんでもなく長く複雑なプロセスが、一度ならず何度も起こるほどには古くないことは明らかだ。わたしたちの存在は、一回限りの奇遇な出来事なのだ】
そして著者は、物理学の世界で登場する「人間原理」という考え方を援用しながら、「コスモス(宇宙)を理解できる知的生命が生まれるような性質をもって宇宙は生まれた」と主張する。この「人間原理」は、科学者の間でもなかなか議論があるものだから、初めて聞く人にはヤバさしか感じられないだろうけど。
で、著者は後半で、こんな風に書くのだ。
【おそらく、コスモスの人間原理が正しければ、サイボーグこそが、知的宇宙へと向かうプロセスの始まりとなるだろう。サイボーグを解き放つことで、宇宙の目的が何であれ、それを成就できるものへと進化させていくわずかなチャンスが生まれるかもしれない。】
宇宙が誕生したことに何か目的が存在するなら、(それが何かは分からないけど)それはAI(サイボーグ)の誕生によって成就するのかもしれない、ということだ。もはやなんのこっちゃ、という感じの話になってきているが(笑)、話としては非常に面白い。
さてここで、本書のタイトルである「ノヴァセン」について触れよう。これは著者の造語だが、もうひとつ本書には、「アントロポセン」という単語が登場する。どちらも、地質年代の名前、なのだが、どちらも科学者全体には受け入れられている概念ではない。
著者は、「太陽光」の活用の仕方によって、地球では3度の革命が起こったと主張する。最初は、34億年前に光合成を行うバクテリアが誕生したこと。次は、1712年にニューコメンが太陽光を動力に変換する機械を生み出したこと。そして今我々は、太陽光(光子)を情報に変換している。本書では、1712年の蒸気機関の発明以降、人類が地球環境を激変させてきたとして「アントロポセン」という地質年代を、そして今まさに、光子を情報に変換し、電子的生命が誕生しようとしているとして「ノヴァセン」という地質年代を当てはめている。
AIが誕生し、社会を大きく変えていく、という話は、様々な場面で耳にする。しかし本書は、それまで僕が読んできたそういう類の本とはまったく違う角度からこの問題を捉える。そもそもAIを「電子的生命」という形で生命として扱うという視点が非常に面白いし、さらに「地球」から見れば、人類だろうが電子的生命だろうが大差ない、という発想もなるほどと感じさせられた。サイボーグは人間よりも1万倍早く思考するが、しかし移動に際しては物理的な速度の制約を受けるから、オーストラリアへの飛行は3000年に相当する、なんていう見方も非常に面白い。
本書に書かれていることが、どれぐらい科学者の間で受け入れられているか分からないが、序文にはこんなことが書かれている。
【彼は周りの人々が自分に同意すると、かえって「何かおかしいんじゃないか」とそれに疑念を抱きます。】
とすると、彼の主張はどれも、発してすぐには受け入れられるものではないということだろう。さて、未来はどうなるだろう。