【文活5月号ライナーノーツ】西平麻依「噂通り、一丁目一番地」
『オーダーメイドの言葉で』
はじめに
連載小説を書いてみませんかと文活運営のなみきさんにお誘いいただいた時、私は「なみきさんも連載を書かれますか? それなら……」と、ゴニョゴニョと歯切れの悪いお返事をしたと記憶しています。
これは自信のなさの表れで、書き手として及第点に満たない態度だったなあと反省しきりですが、そんな気弱な気持ちからスタートした『噂通り、一丁目一番地』の最終話がこのたび形になり、ホッとしています。物語の完結を見届けて下さった皆さま、また私の新しいチャレンジを応援してくださった皆さま、ありがとうございました。運営のなみきさん、よもぎ さんには、伴走とエールの感謝を申し上げます。
このライナーノーツでは、『噂通り、一丁目一番地』を書くことについて振り返ってみたいと思います。書いたものについて語るのは苦手なのですが、せっかく機会を頂いたので、頑張ってみます。どうぞ、いましばらくお付き合い下さい。
◇ もくじ
着想について
サブタイトルについて
「オーダーメイドの言葉で」
おわりに
着想について
書きますと言ったはよいものの、何を書けるだろう……、と心の中に目を凝らした時、ふと浮かんだ情景がありました。
窓の外にひろがる海、アンティーク・カップから湯気を立てる紅茶。謎めいた雰囲気の女性。
ぽん、ぽんと出てくるイメージをつなぎ合わせて「海の見える喫茶店」のお話にしよう、と決めました。
晴れの国岡山で生まれた私にとって、海といえば瀬戸内海です。穏やかで、さざ波がキラキラ輝いていて、遠くにタンカーが浮かんでいる。そんなのんびりした情景を、いつでも胸に呼び起こすことができます。
でも、記憶の中の風景にもっとよく目を凝らしてみると、のどかで美しいばかりではありません。濁った水、ゴミの散らばった砂浜、ひとけのない港、ギイ・ギイ、たぷり・とぷりと不穏な音を立てる桟橋。
そうして浮き彫りになってきたのは、にぎわう海水浴場のある観光地ではなく、ちょっとさびれた海辺の町でした。「ここに喫茶店があったら最高だろうな」と思うのに、一度通りすぎたら忘れてしまう海岸通り。テトラポットと堤防、ちいさな灯台、原付バイクの高校生たち……。
噂通り一丁目一番地のある町は断定していませんし、するつもりもないのですが、記憶の始点は、どこかで見たような見なかったような、そんな瀬戸内海の風景なのだと思います。
サブタイトルについて
お話の舞台を喫茶店にしよう。それも、英国趣味の店主による喫茶店。そう決めたら、まず始めないといけないことがありました。紅茶を飲むことです。
それまでの私は、完全なるコーヒー党。特にこだわりはありませんが、長年の習慣で自分はお茶よりコーヒーが好きなのだと信じ込んでいました。
ところが紅茶を知って、自分はこれほどまでに紅茶の味をわかっていなかったのかと愕然としました。紅茶って、甘かったり爽やかだったりスパイシーだったり、じつに豊かな飲みものなんですね。アールグレイと一口に言っても、紅茶会社によって味や風味が全く違います。
こういった発見には、いかに思い込みが世界を狭めてしまうのかを実感させられます。
その気持ちの高ぶりから、お菓子や喫茶習慣の名前をサブタイトルに使おうと思い立ちました。ちなみに、一話から四話までのサブタイトルは以下の通りです。(説明を一部、Wikipediaから抜粋)
クリーム・ティ(英国等の喫茶習慣、アフタヌーン・ティーの一種。基本は紅茶とスコーンのセットで、クロテッドクリームとジャムが添えられる)
イレヴンジズ(午前11時頃に行われる喫茶、軽食習慣)
フラップジャックス(天板に生地を流して焼き上げる、シリアル・バーのような焼き菓子)
ウェディング・ケーキ(英国の伝統的なものは、ドライ・フルーツを焼き込み、アイシングで固めて日持ちするように作られている)
候補は他にもたくさんありました。「アフター・エイト」「ラバーズ・ノット」「ラヴェンダー・アイスクリーム」など……。英国文化に詳しい方にとっては、「ああ、あれね」とおなじみかもしれません。これらはプロットを編み直す時点で不採用にせねばならずとても残念でした。その時期が来たら、何かしらの形になるかもしれない。これらはそんな気持ちとともに、いったん宝箱に仕舞っておくのが適当でしょう。
「オーダーメイドの言葉で」
編集のなみきさんが、最終話の初稿を読んでこんなことを仰いました。
「この箇所は、まいもさんのオーダーメイドの言葉で表現できそうです」
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