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【文活3月号ライナーノーツ】西平麻依「午前0時の恋人」

1. ある個人的な思い出について

大学生の頃、画廊喫茶のアルバイトをしていた。

「時給800円。誰にでもできる仕事です」

ほとんどの学生に見向きもされない、学生課の掲示板が私の目に留まった。誰にでもできるのなら、きっと私にもできるだろう。おそるおそる面接に行ったら、すぐに採用された。古めかしいビルの2F、お客のほとんど来ない画廊の受付嬢として。

それから一年ほどが経った頃、画廊喫茶のホール業務を兼務してくれないだろうかとオーナーから相談された。同じビルの1Fで、オーナーの奥さんが切り盛りしている喫茶店だった。もともとは画廊の商談用にと始められたお店だ。なんとなく敷居の高い感じがするから、立ち入ったことはなかった。

ひとつも機転が効かず、おまけに愛嬌など微塵もない私に飲食業が務まるとは思えなかった。でも画廊のビジター・リストに「来館者0」と記す日々には飽き飽きしていたし、多少なりとも時給が上がるのなら異論はなかった。

カフェではなく、喫茶店。その呼び名のせいもあるだろうか、すてきな雰囲気は期待できなかった。店の裏口を通るとかすかに煙草の匂いがして、お客の灰皿を下げることに不安を覚えたりもしていた。

でも、そこは、想像とはぜんぜん違っていた。

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