【能登半島地震】傾聴通じ復興考える 宗教者・研究者ら穴水に集う
※文化時報2024年10月25日号の掲載記事です。
能登半島地震で被災した石川県穴水町の仮設住宅で毎月第2土曜に行われている傾聴移動喫茶カフェデモンク=用語解説=を、日本臨床宗教師会会長の鎌田東二京都大学名誉教授や島薗進東京大学名誉教授ら錚々(そうそう)たる宗教研究者や宗教者らが視察に訪れた。午後には同町の高野山真言宗千手院で「いのちの研究会」を実施。宗教に理解のあるさまざまな立場の有識者が、被災地での傾聴や講演などを通じ、宗教や専門分野から今後の復興について考えた。(松井里歩)
カフェデモンクに
今月12日午前10時、応急仮設住宅「川島第2団地」の集会所。千手院住職でカフェデモンク「ホッと居て」を開く北原密蓮さんらが手際よく開店準備を進めた。30分もすると、仮設住宅に住む女性らが続々と来店。仲のいい人同士などで思い思いにテーブルを囲み、お茶やケーキを楽しみながら、誰からともなく話を始めた。
視察に訪れた鎌田名誉教授と島薗名誉教授、天台宗僧侶で宗教・宗派を問わない「ありがとう寺」(静岡県御殿場市)を運営する町田宗鳳住職、高野山真言宗僧侶で関東臨床宗教師会の井川裕覚代表ら約10人も参加した。鎌田名誉教授は、3歳と1歳の息子を連れた看護師の中川成美さん(28)と会話した。
中川さんは夫と同じ病院で働いている。夫婦2人とも能登地方で育ち、昨年秋には穴水町で空き家をリフォームして住み始めたばかりだった。それが、元日の地震で被災し、幼い子どもたちを守るために仮設住宅へ転居してきた。
中川さんは「家は修理するつもりで業者にお願いしているが、もし昨年買っていなかったら、この町を出ていたかもしれない」と話す。町内には同じような子育て世代が少ないためか、支援が手薄だと感じている。もしわが子がスポーツを始めたいと言いだしたら、児童生徒の多い学校に通わせることも考えているという。
7月からほぼ毎月カフェデモンクを訪れている出崎幹雄さん夫婦は「10月になっても何も変わっていない」と心境を明かす。「住んでいる地区では、家が解体され、店もなくなった。前より寂しくなった」とつぶやいた。
正午前になると「楽しかった、発散した」の声とともに住民たちが出ていった。午後に行う中高生向けの「スタディデモンク」と合わせて、子どもの悩みを抱える母親たちの来訪も定着しつつある。北原さんは「開店休業状態でも、必ず毎月開く」と誓った。
豪雨が阻む暮らし
午後に千手院で行われた「いのちの研究会」には、約20人が集まった。まず、本堂で島薗名誉教授、町田住職、医療法人財団玉川(ぎょくせん)会(東京都港区)の加藤眞三理事、東海学園大学(愛知県みよし市)の上田紀行特命副学長らが、復興のヒントになりそうなテーマを思い思いに選んで講演した。
上田特命副学長は〝悪魔祓い〟としてみんなで楽しく笑うスリランカの村祭りを紹介。「悪魔は誰からもケアをされていない、孤独な人に憑(つ)くといわれる。悪魔祓いは、現在つらい人だけでなく人間の温かさを知る地域の人も救っている」と語った。続いて、金沢星稜大学(金沢市)の桑野萌准教授、井川代表、作家のしんめいPさん、朝日新聞元記者でジャーナリストの藤井満氏、東京大学大学院の服部久美恵特任研究員、「藝術探検家」の野口竜平さんが登壇。「京都大学人と社会の未来研究院」の小西賢吾特定講師がオンラインで意見を述べた。
このうち藤井氏は朝日新聞記者時代、輪島支局長を4年務めていたことから、元日の地震以降も定期的に取材を重ねてきた。輪島市門前町のある地域には民家が26軒あり、全壊・半壊の被害を受けても住み続ける人ばかりだったという。
しかし、9月下旬の豪雨でうち21軒が床上浸水。住民総会で家に帰りたいと希望した人は、10軒にとどまったことを明かした。
小西氏は、もらえる補助金の格差も二次被害や三次被害になると指摘。「災害法学や法哲学の観点から、よりよい法整備をしなければならない」と問題提起した。
「蛸みこし」で多幸を
講演後には、野口さんによる芸術作品「蛸(たこ)みこし」を参加者らがお寺の外へ運んだ。蛸みこしは4メートルの真竹2本を用いてタコの神経系統をかたどったオブジェで、8本の足を8人で思い思いに動かしていく。野口さんの声掛けで、本堂から階段を下り、目の前に広がる海へ頭を浸した。災害からの復興を願い、「多幸」が訪れるよう祈りをこめた。
能登への訪問やカフェデモンクの参加は今回が初めてだという登壇者も少なくなく、この日を迎えるまで「縁のない自分が訪ねて何ができるのか」と思っていたことを吐露したり、「自分の中でも答えは出ていない」「今日来て何かが始まることもあるはず」とそれぞれの感想を述べたりするシーンもあった。
一連の視察を企画した鎌田名誉教授はこれまで、北原さんの活動や千手院を拠点にした復興の活動を応援してきた。開催した意義について、「何よりも皆さんが千手院に来てもらったことがよかった。次の世代への波がつながったと感じている」と話し、現地での体験を通して復興を支える輪が広がることを喜んだ。
【用語解説】カフェデモンク(宗教全般)
2011(平成23)年の東日本大震災を機に始まった超宗派の宗教者による傾聴移動喫茶。コーヒーやスイーツを振る舞い、人々の心の声に耳を傾ける。曹洞宗通大寺(宮城県栗原市)の金田諦應住職が考案し、僧侶や修道士を意味する英語のモンク(monk)と文句、悶苦の語呂合わせで命名した。全国の災害被災地や緩和ケア病棟など14カ所に広がっている。