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伊藤計劃の志に報いよ

※文化時報2020年10月31日号の社説「核廃絶への努力続けよ」の全文です。

 「ヨーロッパにキノコ雲が立ち上り、ヒロシマ・ナガサキ以後の世界は終わりを告げた」。SF小説の名作と呼び声の高い伊藤計劃の『虐殺器官』(2007年)には、こんなくだりがある。

 舞台は米中枢同時テロ後の近未来。ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボで手製の核爆弾テロが起きたのを機に、世界は核兵器を持つだけでなく使うようになった、という設定だ。

 ことわざとは異なり、事実は小説より平穏に推移している。原爆投下から75年間、核戦争は一度も起きなかった。米ソが核を発射し合うことはなく、核を持つことで相手に攻撃を思いとどまらせる核抑止力は、冷戦後も働き続けている。

 それでも、核保有国のバランスによって保たれる平和は、極めて危ういと言わざるを得ない。道具は使うためにある。使ってはならない道具を作ってしまったのなら、きっぱりと捨てるのが人類の責任である。

 核兵器禁止条約の批准国・地域が50 にのぼり、来年1月22日の発効が決まった。核を非人道的な兵器と位置付け、開発や保有、使用などを全面禁止する画期的な条約だ。17年に国連で採択されたが、日本は米国の核抑止力が必要との立場から、参加していない。

 宗教界は、唯一の戦争被爆国にふさわしくない対応だとして、政府に異を唱えてきた。今後も粘り強く参加を訴えていくべきだ。

 平和運動に取り組む活動家や学者、政治家らは、人道的見地から発言・行動する宗教者に一目置いている。とりわけ、今年創設50周年を迎えた世界宗教者平和会議(WCRP)の存在感は大きい。

 WCRP日本委員会は4月、核軍縮・不拡散議員連盟(PNND)日本との共同提言文を採択し、核抑止政策の再検証や核兵器禁止条約への参加検討などを政府に求めた。

 この共同提言文は元々、5年に一度開かれる核拡散防止条約(NPT)運用検討会議に合わせて出される予定だった。それが新型コロナウイルスの影響で、会議は今春から来年1月に延期され、さらに8~9月に再延期される可能性が取り沙汰されている。

 コロナ禍は世界が対峙すべき喫緊の課題ではあるが、それを理由として核軍縮の動きを停滞させているようでは困る。国際情勢は刻一刻と変化する。宗教界は動向を注視し、NPT運用検討会議にも働き掛けを強めてほしい。

 『虐殺器官』には、核の使用によって「大量に人が死ぬことに、世界は慣れつつあった」との記述もある。私たちは、そうした世界の到来を避ける努力をし続けなければならない。それが、刊行から1年9カ月後、34歳の若さで世を去った伊藤計劃の志に報いることでもあるだろう。

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