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【能登半島地震】珠洲と町田 、父と息子…二つの「往還寺」

※文化時報2024年12月3日号の掲載記事です。

 東京都町田市の真宗大谷派往還寺(おうげんじ)は、元日の能登半島地震で全壊した石川県珠洲市の往還寺の副住職、松下照見さん(46)が開いた開教寺院だ。珠洲の往還寺住職で父の松下文映さん(78)はプレハブ寺院を建てて再建を目指している。一方、町田の往還寺も徐々に地域に根づいており、住民は被災地へ思いを寄せている。被災した過疎地と約280キロ離れた首都圏で、父と子それぞれが住職を務める二つのお寺が、復興の両輪になる。(高田京介)

地元の将来に危機感

 照見さんは富山大学を卒業後、京都の大谷専修学院で大谷派教師の資格を取得。石川県小松市の本光寺で、法務を手伝っていた。「いつかは珠洲に戻りたい」と思っていたが、過疎化が進む地元の将来に不安を抱き、学院の同期の勧めもあって30歳の頃に首都圏での開教を志した。

 もともと能登地方は「真宗王国」と呼ばれるほど、門徒の信仰心があつい。珠洲の往還寺は、地域の中核寺院の法要出仕を請け負う「下寺」だが、照見さんが子どもの頃は宗祖親鸞聖人の遺徳をしのぶ報恩講を5日間も営んでおり、全座満堂だったという。

 近年は、法要行事の縮小が進んで3日間になるなど、寺院運営は厳しくなる一方だった。そうした危機感は父の文映さんも持っており、照見さんの背中を押してくれた。

30人が入る本堂を建立した照見さん

 アパートに住みながら、知り合いが切り盛りしている寺の法要出仕や法話出向で生計を立て、2016(平成28)年夏に町田市成瀬地区に開教所を開設。翌17年、宗派から珠洲の往還寺と同じ寺号の許可を受けた。今後は宗教法人格の取得を目指す。

宗派初の開教寺院

 町田市は東京・新宿の南西、横浜の北西に位置し、それぞれ電車で30分圏内という好立地にある。約40万人が暮らすベッドタウンだが、日蓮宗や曹洞宗の寺院が多い。町田で大谷派はこれまで1カ寺もなかったため、往還寺が宗派初の開教寺院となった。

 「大谷派の門徒は、地方から都市圏への流入が加速している。北陸からも、信仰に熱心な親に育てられた離郷門徒がいる」。照見さんはそう話す。

 町田の往還寺は、JR町田駅の隣に当たる成瀬駅からバスで約5分の所にある。2階建ての一軒家のような構えで、1階に椅子30席が入る本堂と畳の控室があり、2階に住居スペースを設けている。葬儀会社の仲介で葬式や法事などを請け負うことが多いが、月に1度の法話会や終活セミナーを定期開催して、地域住民との交流を深めている。

東京都町田市に構えた往還寺

 照見さんは「門徒に限らず、大勢の住民が集まる。都市部だけに宗教不信を感じる機会は多いが、一方でお寺や宗教に関心を持っている人も多くいる」と話す。

親子で声明響かせ

 11月23日、町田の往還寺は報恩講を営んだ。珠洲の往還寺から文映さんが出仕。文映さん・照見さん父子の声明が本堂に響きわたる中、門徒や地域住民30人が集まり、被災地へ思いを寄せた。

 また、これに先立つ同2日には金沢別院(髙桒敬和輪番、金沢市)で、珠洲の往還寺から難を逃れた本尊の修復奉告と報恩講が営まれた。

 あの日、照見さんは家族5人で珠洲の往還寺に帰省していた。地震は、文映さんが門徒宅でお参りしていた最中に起きた。留守を預かっていた照見さんは、これまで経験したことのない大きな揺れを感じるとともに、本堂から轟音(ごうおん)が鳴り響くのを聞いた。瞬時に「全壊した」と分かったという。

 妻と3人の娘たちは金沢へ避難した後に東京へ戻り、照見さんも文映さんが5日後に無事帰宅したのを確認してから、1月7日に東京へ戻った。7月、再び帰省して本堂の解体を見届けたとき、文映さんからプレハブ寺院を建立する構想を聞かされた。

11月23日には報恩講が営まれ、文映さん(右)と親子で声明した

 その通りにプレハブ寺院で再出発を果たした文映さんは、珠洲市立宝立小中学校の前にある土地を境内地として譲り受けるなど、本堂再建に向けてすでに動きだしている。「地域の住宅の解体が進むまで、数年単位で様子を見ていく必要がある」と話す。

 一方の照見さんは「今の時点では、町田に寺と住宅を構えているので、珠洲に戻ることは考えていない」という。

 たしかに珠洲では、これまでのような立派な伽藍(がらん)が再建することは難しいかもしれない。それでも、町田の門徒たちとともに、照見さんはふるさとを思い続ける。

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