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【能登半島地震】出会いを将来の糧に 大正大学学生24人、被災地で奮闘

※文化時報2024年6月25日号の掲載記事です。

 大正大学(神達知純学長、東京都豊島区)は5~9日、学生24人、教職員8人を能登半島地震の災害復旧支援活動に派遣した。天台宗翠雲寺(岩尾照尚住職、石川県珠洲市)や周辺地域の片付けや清掃を行い、被災状況を体感するとともに地元住民や子どもたちと交流した。引率した地域創生学部教授の白土健副学長は「支援活動は貴重な人間形成の場。多くの出会いの中で学生たちは将来の糧を得たと思う」と振り返った。(山根陽一)

残酷な現実の中でも

 5日午前8時。「多くの学生が強い使命感を持ってくれてうれしい」との神達学長のエールを胸に、30人以上の派遣隊を乗せたバスが大学を出発した。夜7時過ぎに宿泊先の旅館に到着。甚大な被害を受けた珠洲市はインフラ復旧が遅れている地域も多いが、大正大学OBでもある岩尾住職が手配した旅館は、水道も風呂も復旧していた。

 翌日から3日間、翠雲寺や周辺民家の片付けと清掃、引っ越し、海岸に打ち上げられた漁具などの撤去作業を行った。

ロープに絡まった漁具を解く

 翠雲寺のある珠洲市三崎町寺家地区は、建物の倒壊だけでなく、津波被害も受けていた。泥水につかった畳を運び出したり、海岸でロープに絡まった漁具をほどいたりと、共同作業に汗を流した。作業の前には、大正大学OBらでつくる鴨台会の渡辺道夫常任理事(真言宗智山派)を導師に勤行を行い、犠牲者へ弔意をささげた。岩尾住職は「雨漏りした部屋のごみ出しなどの作業にも、嫌な顔せず動いてくれた学生に感謝したい。寺家地区にも活気が戻った」と喜んだ。

 食事の時間には、同地区の区長4人を交えて、地元の海の幸やバーベキューで親睦会を行った。文学部日本文学科3年の岡田健さんは、岩尾住職のギターを借り、50代以上にもなじみのあるフォークソングを熱唱。拍手喝采を浴びた。

 「恩恵を受けていた自然から、地震という残酷な現実を突きつけられた。そんな痛みの中、笑顔を見せてくれた地元の人には心から感謝したい。能登が大好きになった」。岡田さんはそう話した。

 空き時間には地元の子どもたちと交流。地元の伝統文化でキリコと呼ばれる御神灯の視察にも出かけた。

地元住民との交流会

 7日には柏木正博大正大学理事長が現地を訪れ、泉谷満寿裕珠洲市長と面会。謝意を伝えられた。その後、学生や教職員を激励した。

地域貢献の理念浸透

 大正大学は2011(平成23)年の東日本大震災や16年の熊本地震で、ボランティアや募金活動を実施してきた。今回の能登半島地震でも、すぐに支援を計画した。本来はもう少し早い時期を模索していたが、現地の復旧やボランティアの受け入れ状況を見極め、4学期制の区切りがつく6月上旬に設定した。支援活動を希望する学生は約50人に上った。

 説明会などを経て、最終的な参加希望者は半数となったが、全6学部から全学年の男子15人、女子9人が参加した。白土副学長は「地域活性化や連携による社会貢献を重視する大正大学の理念が、地域創生学部だけでなく、全学部の学生に浸透している」と語る。

 宮城県石巻市出身で小学生の時に被災した文学部人文学科4年の末永妃菜さんは、時間がたてば復旧するのが当たり前だと思っていたが、今回の参加でその苦労や痛みを痛感したという。

 「泥だらけのランドセルやぬいぐるみは、がれきではない。生活の跡や人の思いがある。複雑な思いで分別した」と語った上で「将来は地域の特性が生かされるような、多くの人と接する仕事に就きたい」と抱負を述べた。

 将来を担う学生たちに対し、白土副学長は「今後は自分の力で切り開くたくましさを持つ人材に育ってほしい」と思いを語った。

白土副学長

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