【能登半島地震】傾聴僧侶は元社長 仮設住宅でカフェ活動
※文化時報2024年8月9日号の掲載記事です。
電子部品関連の製造装置などを扱うUHT(愛知県東郷町)元社長で、真宗大谷派西岸寺(石川県志賀町)衆徒の臨床宗教師=用語解説、松本二三秋(ふみあき)さん(75)が、能登半島地震を受けて整備された応急仮設住宅団地「とぎ第2団地」(同町)で傾聴活動を行っている。「一人住まいの孤独感を少しでも癒やしたい」と、中部臨床宗教師会(会長、坂野大徹・浄土宗梅巌寺住職)と共同で月2~3回、傾聴カフェを開いている。(大橋学修)
7月20日、松本さんと中部臨床宗教師会の会員ら6人は、とぎ第2団地の集会場を訪問。お菓子やジュース、机などの備品を運び込む作業を始めるや否や、団地に住む女性が訪れ、置いたばかりのいすに腰かけた。
やがて数人の住民が集まり、井戸端会議が始まった。机にお茶をそっと置いた僧侶も腰を下ろす。「墓や仏壇をどうするか」「今度、子どもたちが顔を出すのはお盆だ」。20分もしない間に、会話の中に心配事が交じっていた。
坂野会長は「子ども世帯と離れて避難生活を送り、一人で暮らす高齢者が多い。家をなくした悲嘆や2年で生活が再建できるのかといった不安がある」と話した。
認知症支援で行政と協力
松本さんの傾聴活動は、地震前の2021年2月に始まっていた。自宅の納屋を改装し、認知症カフェ「夢小屋23」を開設。志賀町健康福祉課の保健師と共に運営に当たってきたという。
能登半島地震では、発生6日後の1月7日から「夢小屋23」を拠点に、中部臨床宗教師会と支援活動を開始した。
2月までは支援物資の搬送を主な活動としていたが、3月から避難所を開く富来(とぎ)活性化センター(同町)で傾聴カフェを開始。5月から「とぎ第2団地」に活動の場所を移している。
宗教者の活動に対して理解の進んでいない自治体では、傾聴を始めるまでの協議が難航するが、松本さんらが志賀町に打診したところ、快諾された。「夢小屋23」の活動が知られていたことや、かつて町役場で勤務していた妻、與志子(よしこ)さん(73)の人脈も後押しになったという。
20日の活動には、九州臨床宗教師会に所属する臨床宗教師で、正法事門法華宗令法寺(佐賀県小城市)の樋口泰巧住職も参加した。樋口住職が「熊本地震では、行政の理解を得るのが大変だった」と振り返ると、松本さんは「志賀町は日本臨床宗教師会のパンフレットだけで話が通じた」と笑顔を見せた。
第二の人生への決意
「夢小屋23」は、若年性認知症の当事者や家族が集う場だ。保健師らと共に、体を動かす体操や絵手紙をつくるワークショップなどを交えながら、雑談をしたり、悩みに耳を傾けたりしている。
活動のきっかけは、会社の経営を後進に譲った後の第二の人生を考えているときに、いつも見ていたNHKの番組「こころの時代~宗教・人生~」で臨床宗教師の存在を知ったためだった。
「こんな生き方があるのか。臨床宗教師になろう」。菩提(ぼだい)寺である西岸寺の能岡寛住職に相談すると、「活動できない私の代わりにがんばってほしい」と師僧になってくれた。
社長を退任した2017(平成29)年から同朋大学(名古屋市中村区)に通い、研修を経て大谷派の教師資格を取得。19年には愛知学院大学の臨床宗教師養成講座を受講し、20年に日本臨床宗教師会に入会した。
2年続いた認知症カフェも、地震の影響で一時休止を余儀なくされた。4月にようやく再開すると、若年性認知症のある2人の男性が訪れ、手を取り合って涙したという。
松本さんは「これまで交流する中で信頼が築かれ、つながりをつくったのだろう。少しでもいい。心の底からの笑顔が出てほしい」と話した。
【用語解説】臨床宗教師(りんしょうしゅうきょうし=宗教全般)
被災者やがん患者らの悲嘆を和らげる宗教者の専門職。布教や勧誘を行わず傾聴を通じて相手の気持ちに寄り添う。2012年に東北大学大学院で養成が始まり、18年に一般社団法人日本臨床宗教師会の認定資格になった。認定者数は24年4月現在で210人。