昆虫写真家と一緒に楽しむ、食草からの昆虫探し
Author:髙野丈(編集部)
ずっと憧れだったお目当ての鳥を探して駆け引きし、仕留める(撮る)。思いがけず、珍しい変形菌を見つけて歓声を上げる。なぜ、探索と発見はこんなにも楽しく、気持ちいいのでしょう。狩猟本能がDNAに刻まれているから? そんな生きもの探索好きの私にとって、とても興味深かったテーマが編集を担当した『昆虫と食草ハンドブック』。編集を終えてから、手がかりとなる食草からお目当ての昆虫を見つけるという探索をフィールドで実践してみたいと考えるのに、そう時間はかかりませんでした。そして今回、本書の著者で昆虫写真家の森上信夫さんにお願いし、食草からの昆虫探索を指南していただきました。
※本記事ではハンドブックと同じように、木も草も統一して「食草」と呼んでいます。
私は365日野鳥中心の生活で、昆虫観察はまったくの素人。フィールドで偶然出会ったり、「○○○○がいるよ」と教えてもらったりと昆虫については完全に受け身で、積極的に探索したことはほとんどありません。むしろ、鳥に捕食される虫を見る機会のほうが多いかも。そんな私だからこそ、初心者の視線で今回のフィールドワークに臨めるというものです。素人ならではの素朴な疑問を投げかけながら、森上さんおすすめの東京都下のフィールドを一緒に歩き、探索を実践しました。
そう簡単に見つかるものでもない
以前から疑問に思っていたのが、食痕と虫の関係です。食痕として穴があいている葉はよく見つかりますが、葉を食べたであろう虫がいないことが多いのです。
「すでに移動してさなぎになったり、どこかに隠れていたりするのかもしれませんよね。たとえばササを食草とするサトキマダラヒカゲの幼虫は夜間に活動する傾向があり、日中は根ぎわの落ち葉のすき間などに隠れることが多いんです。まあ食草に食べ痕があったからといって、そう簡単に見つかるものでもないですよ」と森上さん。
コガネムシのように、さまざまな植物を渡り歩く虫が葉を食べることもあるし、カタツムリやナメクジが食べている可能性もあるといいます。あるいは、鳥などに見つかって、ここにいた虫がすでに捕食されてしまったのかもしれません。
プロの視点に学ぶ
フィールドではなにに注目して、どういうところを探していくのですか、と聞く暇もなく、次々に昆虫を見つけていく森上さん。お目当ての虫が決まっていれば、その虫の食草が生えているポイントへ直行するそうですが、今日のようにいろいろな食草と虫を探す場合は、さまざまな位置を見ているようです。高さとしては、とりあえず目線以下でよいそう。
「ただ、今日のようによく晴れている日は、見上げると葉に止まっている虫の影がよく見えるんだよね」
なるほど、日の光に透かすように葉を見てみると、たしかに虫の影が見えます。これなら、葉の表と裏を同時に確認することができて効果的。これは使える!
次に森上さんが立ち止まったのは、フクラスズメやアカタテハの食草であるカラムシの群落。すぐにラミーカミキリを見つけて教えてくれましたが、ほかに注目した点がありました。
「あの葉、不自然に折れているよね。アカタテハの巣かなと思ったんだけど」
これは残念ながら巣ではなかったのですが、目のつけどころを知ることがで
きました。
その後も森上さんは次々に、食草と食痕、虫を見つけていきました。さすがにプロお勧めのフィールドで、私のフィールドよりもはるかに昆虫が多いようです。
ハンドブックさながらのクズ尽くし
初心者である私でもすぐに見つけられたのは、クズの食痕。森上さんがハンドブックに「走っているバスの車窓からでも気づける」と書いたほどのわかりやすさです。たくさん食べられているクズの葉の上を探してみると、いました見つかりました、コフキゾウムシ。虫としては過去に見たことがありましたが、今回はあらためてクズの食痕とセットで観察する機会になりました。さらに、ハンドブックの表紙さながらに、ホシハラビロヘリカメムシやマルカメムシも見つかるではないですか。図鑑で紹介していることが、次々に目の前に登場するわけで、なんと楽しく実践的なのでしょう。
クズ尽くしを堪能したあと、少し移動しました。
「イチジクのキボシカミキリにはまだ少し早いかな。でも、ようすを見に行ってみよう」
経験豊富な森上さんには、あらゆる食草と昆虫の旬がインプットされているようです。果たしてイチジクの葉の上にはキボシカミキリがいました。
「これはキレイだ。羽化して木から出てきたばかりじゃないかな」と夢中で撮影する森上さん。キボシカミキリは晩秋くらいまで長く見られる虫ですが、秋にはぼろぼろになっているそう。撮影に向いたきれいな状態なのは今の時期だといいます。昆虫撮影が楽しくなってきた私は、その話をふまえて、あらためてキボシカミキリのあざやかな「黄星」を愛でつつ撮影しました。
昆虫と食草から生物多様性を感じる
「おお、いた!」森上さんが思わず声を上げたのは、オニグルミにいたムラサキシャチホコの幼虫を発見したときのこと。成虫の翅は枯れ葉が丸まったように見える柄で、まるでトリックアートのような巧妙さです。食草がオニグルミだということは知っていましたが、実際に幼虫を見るのは初めてでした。このイモムシが、巧妙なトリックアートの翅をもつガに変身するのだから、昆虫はすごいですね。
その後も、私がお会いしたかった金ピカのジンガサハムシが、食草のヒルガオにいるのを教えてもらうなど、森上さんのおかげで充実した観察を楽しませていただきました。今回、食草を手がかりにした昆虫探索を実践、堪能しましたが、いろいろな昆虫と食草のつながりを知ることで、自然の仕組みの一部を垣間見るような興味深さを感じました。食草である植物の多様性が、昆虫の多様性を支えているのだと実感できることも、読者や愛好家に感じてもらえたらと思います。
Author Profile
髙野丈
文一総合出版編集部所属。『昆虫と食草ハンドブック』(森上信夫 ・林将之 共著)の担当編集者。自然科学分野を中心に、図鑑、一般書、児童書の編集に携わる。その傍ら、2005年から続けている井の頭公園での毎日の観察と撮影をベースに、自然写真家として活動中。自然観察会やサイエンスカフェ、オンライントークなどを通してサイエンスコミュニケーションにも取り組んでいる。得意分野は野鳥と変形菌(粘菌)。著書に『探す、出あう、楽しむ 身近な野鳥の観察図鑑』(ナツメ社)、『世にも美しい変形菌 身近な宝探しの楽しみ方』(文一総合出版)、『井の頭公園いきもの図鑑 改訂版』(ぶんしん出版)、『美しい変形菌』(パイ・インターナショナル)、共著書に『変形菌 発見と観察を楽しむ自然図鑑』(山と溪谷社)がある。