『昆虫と食草ハンドブック』オンライントークで未回答の質疑応答をすべて掲載
Author:髙野丈(編集部)
『昆虫と食草ハンドブック』の出版を記念して、著者の森上信夫さん(昆虫写真家)と林将之さん(植物図鑑作家)に、昆虫と植物の魅力をたっぷり語っていただくオンライントーク「昆虫写真家と植物図鑑作家が語る 昆虫と食草の深ーいい関係」を開催しました。文一総合出版のYouTubeチャンネルでは、6月14日に開催したこのトークのアーカイブ動画を公開しています。まだ視聴していない方も、もう一度観たい方も、どなたでもご覧になれます。
そして今回、森上さんと林さんのご好意で、時間の関係でトーク当日にお答えしきれなかった参加者からの質問にお答えし、Q&A形式の記事として特別に公開することにしました。たっぷりお楽しみください。
Q:虫と植物の関係についてとても興味がありますが、幼虫の見た目がどうしても受け入れられません。アドバイスをください。
森上:「ゆるキャラ」っぽい虫から、ふれ合ってみるとよいと思います。イモムシ嫌いの人にも比較的抵抗が少ないおすすめの種ベスト5は……
(1) オオムラサキ(または、ゴマダラチョウやアカボシゴマダラ。この3種はみな同じようにかわいい顔をしています)
(2) クロコノマチョウ
(3) ヒメジャノメ
『昆虫と食草ハンドブック』にも、これらをすべて掲載しています。ぜひ、顔が見られるページでご覧ください。
Q:森上さんに質問です。1. いつも生きた虫を撮影されるのでしょうか? 動き回らない死んだ虫をモデルにされることはありますか? 2.厚みのある虫を深度合成で撮影されることはありますか?
森上:標本を撮影することもありますよ。『昆虫と食草ハンドブック』では、フクラスズメ成虫の白バックは標本を撮りました。生きている時は、飛ぶとき以外、青い後ろばねの特徴を決して見せてくれないからです。また、厚みのある虫については、深度合成で撮影することもあります。
Q:開けているところと、日陰はどちらが虫を探しやすいでしょうか?
森上:これは、虫によって異なります。日なたが好きな虫と、日陰が好きな虫がいます。同じアゲハチョウの仲間でも、キアゲハは完全に開けた明るい環境に、クロアゲハは木陰を縫うように飛びます。
林:植物の種数でいえば、日陰と日なたの植物が混在する林縁(日なたと日陰の境目)が圧倒的に出現植物数が多いので、数だけでいえば虫も林縁が一番多いはずでしょう。
※ハンドブックのP.25「昆虫の探し方」に、「林縁はおいしい場所」としてお勧めする記事を掲載しています。
Q:虫を見つけやすい時間帯はありますか? 早朝より日中の方が活動していて見つけやすいでしょうか。
森上:種ごとの差が大きいと思います。季節によっても変動します。『昆虫と食草ハンドブック』の掲載種では、ホシホウジャクは、夏は夕方に花に来るが、秋も深まって気温が下がると、日中から花に来るようになる、という解説を書きました。日中の方が、総体的には活動している昆虫は多いでしょう。一方、気温が高い時間帯は動きが速く、朝のように気温の低い時間帯に発見した虫は、動きがまだ緩慢で観察しやすいということはいえるでしょう。晩秋などは非常に顕著で、早朝にはまだ飛び立てない赤トンボが低い位置に止まっていたりします。
Q:お二人が一番好きな昆虫や植物は何ですか?
森上:(昆虫すべてを)「箱推し」なので、「一番好きな虫」が多くて困る(同率1位が多い!)のですが(笑)、1種だけ選べと言われたらノコギリクワガタと答えています。ほかには、ギンヤンマ、ミヤマカワトンボ、ミンミンゼミ、ヒグラシ、タガメ、ヒガシキリギリス、コロギス、ケラ、オオスズメバチ、オオスカシバ、イシガケチョウ、カブトムシ、ゲンゴロウなどなど。玄人好みの「小さく地味でマニアックな虫」ではなく、昆虫少年たちが大好きな「大きくて存在感のある虫」が好きです。
林:一番好きって難しいですが、虫で見つけたら嬉しいのはクワガタですかね。でも森上さんの挙げたノコギリクワガタよりもヒラタクワガタに魅力を感じるし、ミヤマクワガタには馴染みがないので憧れます。それ以外だと、カナブンとか硬くて大きい虫が好きかも。一番好きな植物もやっぱり難しいのですが、カツラとか爽やかでいいですね。
Q:葉っぱ図鑑で葉っぱを調べてみても、識別できないことが多いです。コツはありますか?
林:植物の場合、まず変異の幅を知ることが大切です。大小、広狭、色などは変異が大きいです。複数の葉や複数の個体を見てそれを知ったうえで、質感や雰囲気を感じ取れると、同じ!違う!とわかってくると思うのですが、正直、センスもあるので、すぐ覚えられる人、何度見ても覚えられない人がいます。あとは、葉や植物を好きになることです。僕は人間にはあまり興味がないのか、人の名前や顔はなかなか覚えられません(笑)
Q:これまでの観察で農薬の影響を感じたことはあるでしょうか?
森上:直接、肌感覚として感じたことはありません。たとえば、虫がいないなあ……という田んぼがあったとしても、その田んぼが果たして農薬を使っているのかどうか、その場ではわからないからです。
林:植物は、地表の草で農薬というか除草剤の影響を感じることがどんどん増えています。除草剤をまかれた直後は、一面の草が茶色く立枯れして異常な光景ですし、表土が多く露出してコケやスギナしか育っていなかったり、単調で乏しい植生の場所は除草剤がまかれているとわかります。そんな場所が都市部にも郊外にも増えており、農薬を使うとホタルがいなくなるように、人や生態系にも間違いなく影響が出ていると思うので、私は安易な農薬の使用に警鐘を鳴らしています。
Q:樹木の葉っぱで昆虫を探すにしても、葉っぱの高いところと低いところがあると思うのですが、やはり目線の高さで探すのが普通なのでしょうか?
森上:「目線と、目線より下」ですね。しゃがめば、低い位置はチェックできます。高い場所にしかいない虫もいますが、そうしたことがわかって、その虫をピンポイントで探すときまでは、「目線以下」で探すのが基本です。安全性という観点からも、高い位置は上級者向けです。
Q:沖縄で観察しやすい昆虫と庭に食草を栽培してますがオススメの食草とどのような昆虫がありますか? トウワタとリュウキュウコスミレを植えてカバマラダとツマグロヒョウモンは観察してます。
林:トウワタ以外には、『昆虫と食草ハンドブック』にも掲載したホウライカガミ(オオゴマダラ)やギョボク(ツマベニチョウ)が学校や公園で栽培される定番ですね。ただ、ギョボクは最終的には大きな木になります。もちろん、いろいろなアゲハ類がつくシークヮーサーなどの柑橘類もいいと思います。植物の身近さでいえば、アオタテハモドキの食草はどれも雑草的なオオバコ、キツネノマゴ、オオバコ、イワダレソウですし、ジャコウアゲハの食草リュウキュウウマノスズクサも身近なやぶによく生えるつる植物です。リュウキュウアサギマダラを呼ぶためにツルモウリンカを栽培する人もいます。以上、私はほとんど栽培しないのですが、よく見かける食草をご紹介しました。これらの植物は拙著『沖縄の身近な植物図鑑』でも紹介しているので、ご参照いただければ幸いです。
Q:植物側からすると幼虫は天敵なのでは? 共生の視点としてどう考えられますか?
森上:幼虫時代、葉を食われることに関しては、確かにイモムシ・ケムシは植物にとっての天敵といえるでしょう。しかし成虫になった時点で、その植物の花の蜜を吸い、受粉を手助けしてくれるというケースもあります。たとえば、ヤマトシジミの幼虫はカタバミの葉を食べますが、成虫はカタバミの花で吸蜜し、カタバミの受粉を助けます。
林:森上さんのおっしゃる通りで、成虫はポリネーター(花粉媒介者)になるケースも多いので、植物側も幼虫をすべて排除するのではなく、ある程度ならいいよ、という塩梅で葉を提供しているようにも思います。
Q:植物の利にもなる昆虫はいないのでしょうか?
森上:花の蜜を吸う昆虫の多くは、植物の受粉を手助けしています(虫媒花といいます)。また、サクラやアカメガシワは、蜜腺から出る甘い汁でアリをおびき寄せ、葉を食うイモムシをアリが襲うように仕向けることで、「アリが甘い蜜と引き換えに、植物のガードマンとして雇われている」という構図になっています。
林:アリ以外には、クワ科イチジク属の木の実の中で共生するイチジクコバチ類が有名ですね。
Q:デコポンで育ったアゲハの幼虫をサンショウに移動させるとサンショウから逃げました。食草は変わることはないのでしょうか。
森上:食草リストにある種であっても、途中で食草の種類を変更することを虫が嫌がるケースはままあります。全く抵抗なく、別の食草に食いついてくれるケースも多数ありますが。
Q:オオミズアオの孵化したばかりの幼虫を飼育したのですが全滅でした……梅の葉とモミジの葉を交互にあげたりしたのですが、それがよくなかったでしょうか? いろいろな食草を食べる幼虫も、最初に食べた葉の種類を好んでずっと食べ続けますか? 飼育するときは種類を変えないほうがよかったのでしょうか?
森上:ズバリ、途中で食草を変えない方がよいです。食草リストにある種であっても、途中で食草の種類を変更することを虫が嫌がるケースはままあります。全く抵抗なく、別の食草に食いついてくれるケースも多数ありますが。
Q:アカメガシワを食草とする虫は本州(関東地方)にはいるでしょうか。(今回の著書では南の地域の虫のみが紹介されていたので)
林:アカギカメムシとミドリナカボソタマムシのことですね。確かに沖縄の虫として紹介してもよさそうなラインナップ。本州ではどうでしょう、クワゴマダラヒトリとかミノムシとか、ガ類のイメージですかね。
森上:マイマイガやヨツモンマエジロアオシャクの幼虫をアカメガシワで見たことがありますよ。
Q:植物はどうやって自身が虫に食べられているとわかるのでしょうか?
林:その分野が専門ではないのですが、外的な刺激を感受してホルモンを生成し、防御物質をつくり、また、空気中に匂いを出すことで周辺の別個体にもその情報を伝えるといわれますね。詳しいことはわかりませんが、神経とか五感とか、動物と同じ論理では植物の仕組みは解明できないと思います。
Q:食痕図鑑がボツになったお話がありましたが、損得抜きにして他に出版したい企画とかあったら教えてほしいです。
林:食痕というテーマでは、既に文一から『虫のしわざ観察ガイド』などの良書が出ていますね。食痕図鑑は作れるなら作りたいけど、その虫が食べたという証拠を正確につかむ知識と観察が必要なので、植物より虫の専門家さんのお仕事なのかなと。
Q:幼虫は葉の裏側を食べるが、終齢は表を食べる、というのはなぜですか?
森上:それはホタルガのような、特定の種の話ですね? また、ホタルガも、若い幼虫は確かに葉の裏を食べますが、終齢は、葉の表側にいるといっても、表側を食べるのではなく、葉のへりからバリバリ食べていきます。若い幼虫が葉裏だけを限定で食べるというケースは多いですが、たいてい葉肉をけずり取るような食べ方をする場合ですね。葉肉をけずり取る場合は、葉裏の方がやわらかいのでしょうか?
林:葉の表の方が、乾燥や日光から葉を守るために表皮やクチクラ層が厚いので、裏側の方がやわらかくて食べやすいのは容易に想像できます。一方で、葉の裏側だけに毛がある植物も結構あり、その毛は虫に食べられるのを防ぐ機能もあるのでは、と思っています。あとは、鳥(や虫屋さん?)などの天敵に見つからないように、裏側にいる虫が多い気もしますが、どうなのでしょうね。
Q:外来植物で代替食草のようにして昆虫の生息域が広がっていることが観察される例などはありますでしょうか?
森上:セリ科に依存していたアカスジカメムシが、栽培種のフェンネルで増えたり、ミカン科で繁殖していたアゲハが、外来種のヘンルーダを食草レパートリーに加えたり、ということはあります。「生息域」という言葉は、「本州や九州」といった地域名を指す場合と、「雑木林や町なか」といった環境を指す場合の2つがありますが、後者の意味では、たとえばアカスジカメムシは、民家の庭先のフェンネルを利用して町なかにも進出し、「生息域が広がった」といえるかもしれません。
林:沖縄では、モンシロチョウはもともといなかったのですが、本土からキャベツが持ち込まれて栽培されるようになり、沖縄でも普通に見られるようになったといわれます。同じく沖縄でよく見るカバマダラは、外来園芸植物のトウワタやフウセントウワタが食草の定番で、それらがなかったら何を食べているのだろう?と思います。恐らくトキワカモメヅルなどでしょうが、外来植物がなければ個体数はずっと少なかったはずでしょう。
森上:本土でも、モンシロチョウは外来種で、ダイコンとともに渡ってきたといわれています。
Q:根っこを食べる昆虫にはどのようなものがいますか?
森上:多くのコガネムシの幼虫が「根食い」ですね。成虫が葉を食べるハムシにも、幼虫期は同じ植物の根を食べているものがいます。『昆虫と食草ハンドブック』の掲載種では、アカガネサルハムシがこれに該当します。
Q:アブラムシが好む食草、そのアブラムシを好むテントウムシを知りたいのですが、特に注目する点があったら教えてください。
森上:アブラムシは1種ではなく、イバラヒゲナガアブラムシとか、セイタカアワダチソウヒゲナガアブラムシとか、ヤナギコブオオアブラムシといったように、依存する植物名を頭につけた種名が非常に多いグループです。ですので、「特定の植物に、それに依存するアブラムシがつく」という図式です。クヌギなどにつくアブラムシ(クワナケクダアブラムシなど。ただしクヌギにつくアブラムシは1種ではない)を好むテントウムシとして、ヨツボシテントウが知られます。
ボリュームたっぷりの質疑応答は以上です。読者と真摯に向き合い、いつも全力投球で応えてくれる森上さんと林さんに感謝です!