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今が旬! 虫から生える不思議なキノコ

謎多き奇妙なキノコ

虫から生えたキノコが薬になる。なんとも奇妙な話だし、ほんとうに薬効があるのかはよくわからないが、冬虫夏草について一般に知られているのはそんな漢方薬としての顔だろう。
古の人々は、ガの幼虫から細長いキノコが伸びるようすを見て、季節によって虫と草の双方に変身できる不思議な生きものと考え、冬虫夏草と呼ぶようになったという。じっさいには植物ではなく菌類なのだが、昔は動物ではない生きものをすべて植物と考えていた(二界説)から、無理もないだろう。

それにしても不思議だ。キノコを生やす菌類といえば、落ち葉や朽ち木を分解する腐朽菌か、植物と根でつながって共生あるいは寄生する菌根菌のどちらかを連想する。シイタケやナメコは広葉樹に発生する腐朽菌だし、マツタケはアカマツと共生する菌根菌である。いずれも関わっているのは植物だ。それに比べて冬虫夏草は、生きている虫に感染し、とりついた相手(宿主=しゅくしゅ)を殺してキノコを生やす、いわば異端児。もはや不思議を通り越して、奇妙である。

セミの幼虫から生えたセミタケ

現在、国内で確認されている冬虫夏草はおよそ400種類。その中には宿主を操って、胞子を飛ばすのに都合がよい位置まで誘導して絶命させ、キノコを生やす種もいるという。こうなってくると、奇妙を通り越してちょっと不気味でさえある。いったい、どんな仕組みで虫を操るのだろう。虫はどの時点で絶命するのだろう。興味は尽きない。

沢沿いの低木の細い枝で見つかるコブガタアリタケ。かんたんに落ちないよう、脚で枝をしっかり抱え、大あごでがっちり噛みついた状態で着生する。驚くほど用意周到な操り方だ ©安田守

どこに生えている?

冬虫夏草はどこに生えているのだろう。不思議で奇妙な生態だし、日常生活で自然に見かけることはまずないので、山奥を探さないと見つからない珍しいキノコのように感じるかもしれない。たしかに自然度の高い原生林でないと見つからない種もあるが、じつは身近な公園や都市の社寺林に生える種もそれなりにある。実際、筆者も何種かの冬虫夏草を見つけたことがある。

都内の公園で見つけたクモタケ。小指のような細長い形で淡紅色のキノコが地表に現れる。宿主は地下の巣穴にいるキシノウエトタテグモ
同じく都内の公園の林で見つけたオサムシタケ。光沢のある緑色のアオオサムシが宿主(幼虫の場合もある)。野菜売り場で売っているエノキのような白く細長いキノコが生える

ほかにもセミの幼虫や、カメムシのなかまから生えるものを見つけることもできる。ただ、どれもよく見かけるキノコに比べるとはるかに小さいので、じっくり目を凝らして探さないと見つからない。でもかんたんではないからこそ、見つけたときの喜びも大きいのだ。

野外で使える冬虫夏草図鑑の決定版が登場

『新訂 冬虫夏草ハンドブック』は、摩訶不思議な冬虫夏草に魅了され、深くのめり込んでいる、ゲッチョ先生こと盛口満さん(沖縄大学教授)と、生きもの写真家の安田守さんの手による冬虫夏草図鑑を大幅に改訂した新版。旧版『冬虫夏草ハンドブック』刊行から14年、68種類だった掲載種数を133種類に増やし、旧版に掲載した種の多くを新しい写真に差し替え、最新の知見と分類を反映。巻頭には掲載種の実物大インデックスを設け、宿主の分類群ごとに並べた。これら大幅な増補改訂により、80ページだった総ページ数を160ページと大幅に増やし、野外で使いやすいようビニールカバーを備えている。

野外観察にうれしいビニールカバー付き!
新たに設けた原寸大インデックス
掲載種は68種類から133種類へ大幅増
探し方や採集方法など、入門書としても活用できる

探すなら、今が旬!

冬虫夏草は身近な環境でも見つけることができるが、いつでも見つかるわけではない。発生がさかんで観察に適しているのは湿度の高い季節。梅雨時期が全国的な発生のピークで、夏にかけて観察シーズンが続く。一般的な「キノコ狩りのシーズンは秋」というイメージは当てはまらないので、念頭に置いておこう。
まさに今が旬の冬虫夏草。ハンドブック片手に、身近な公園や山へ探しに出かけてみてはいかがだろうか。

Author Profile
髙野丈
文一総合出版編集部所属。自然科学分野を中心に、図鑑、一般書、児童書の編集に携わる。その傍ら、2005年から続けている井の頭公園での毎日の観察と撮影をベースに、自然写真家として活動中。自然観察会やサイエンスカフェ、オンライントークなどでのサイエンスコミュニケーションに取り組んでいる。得意分野は野鳥と変形菌(粘菌)。著書に『世にも美しい変形菌 身近な宝探しの楽しみ方』(文一総合出版)、『探す、出あう、楽しむ 身近な野鳥の観察図鑑』(ナツメ社)などがある。


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