見出し画像

食べられ、貯められ、くっついて……。動物に託されたタネの行く末とは?

Author:小池伸介(農学博士)

9月16日に発売開始となる『タネまく動物〜体長150センチメートルのクマから1センチメートルのワラジムシまで』の見どころとは? 編著者の一人、東京農工大学の小池伸介さんによる「まえがき」全文を公開!

いろいろな動物たちが、植物のタネをまいている

「しゅしさんぷ」と聞いても、多くの人にとっては何のことかわからないのではないでしょうか。ただし、「種子散布」と文字にすると、「タネをまくこと」だとわかるかもしれません。多くの植物にとってタネは大切な子孫であるとともに、移動するための手段です。中には自らの力でタネを飛ばすことで、タネまきを行う植物もいますが、多くの植物はいろいろな力を頼ってタネをまきます。でも、植物は決して他力本願ではありません。
たとえば、タンポポに息を吹きかけると綿毛が飛ぶのは、タネが風に乗りやすいように、あのフワフワ(冠毛)がタネにくっついているためです。また、ココヤシのタネ(いわゆる、ココナッツ)は海流の力を借りて遠くの海岸に流れ着きますが、水に浮かびやすい構造をしています。このように、風や水の力を借りてタネをまく植物は、長い年月をかけてタネがまかれやすいような姿になったと考えられています。

タネを運んでもらうために植物は……

植物の中には動物の力を借りてタネをまく種もいて、このようなタネまきを専門的には「動物散布」と呼びます。動物散布を行うタネには動物と植物がお互いを利用し合ってきた、長年の知恵比べの歴史が詰まっているとともに、現在進行形の「進化」を垣間見ることができます。風や水と違って、動物には意思があります。わざわざ植物のためにタネを運んでくれる動物はそうそういません。そのため、植物は動物にタネを運んでもらうためにいくつもの作戦を練ってきました。

『タネまく動物』より(イラスト:きのしたちひろ)

たとえば、タネのまわりを甘い果肉でおおうことで、タネを運んでもらう報酬として魅力的な食べ物を動物に提供するという作戦です。こうしたタネまきを「被食散布」(周食散布とも呼びますが、本書では被食散布に統一)と呼びます。一方、動物の中にはタネが食べ物という種もいます。ところが、植物はただ食べられるだけではなく、動物たちの食べ物を貯え、時々そのことを忘れるという習性を自らのタネまきに利用し始めました。こうしたタネまきを「貯食散布」と呼びます。食べられてしまうタネを動物への報酬として犠牲にすることで、食べ忘れられたタネによってタネまきを成功させます。このように、これらの動物散布は動物にとっても植物にとってもWin—Winの関係です。ところが、中には動物が気づかないうちにタネを体にくっつけて、タダ乗りしようとする植物もいます。こうしたタネまきを「付着散布」と呼びます。この方法は動物にとってはまったくメリットがないようです。
さらに、動物のウンチの中に含まれるタネを運ぶ虫もいて、動物散布における生き物同士の関係(専門的には種間関係、生物間相互作用と呼びます)は、「動物」と「植物」との間の関係のみならず、「風が吹けば桶屋が儲かる」ように、一見するとまったく関係のない生き物までもがタネまきにかかわることがあります。

『タネまく動物』より(イラスト:きのしたちひろ)

動物散布を知ることの魅力

このように動物散布は生き物同士の複雑なかかわりの上に成り立っていることから、私たち動物散布を研究する研究者にとっては、目に見えない隠れた生き物同士のつながりが見えたときには、かけがえのない自然の姿に触れたような感動すらあります。また、それこそが動物散布を研究することの魅力のように感じています。
日本でもこの20年ほどの間で飛躍的に動物散布に関する研究が発展し、さまざまな動物が植物のタネまきにかかわっていることがわかってきました。この本では、今まで動物散布との接点がなかった人にも「動物散布」を身近に感じてもらうため、日本の動物によるタネまきに焦点を当てました。また、学術的な表現ではない点もありますが、最新の研究成果をちりばめ、わかりやすく紹介した内容となっています。コラムでは、ちょっと視点を変えた動物散布の研究例や、世界各地のおもしろい動物散布の事例を紹介しました。


『タネまく動物』より(イラスト:きのしたちひろ)

 本書を読めば、動物散布は単に「動物によるタネまき」や「利用する植物と利用される動物」という現象ではなく、示し合わせたかのように築き上げられた動物と植物との間の密接な関係であることがわかると思います。さらに、そういった生き物同士のかかわりの結果として日本の自然が存在することを考えると、自然は絶妙なバランスの上に成り立っていることを実感すること、間違いなしです。

Author Profile
小池伸介(こいけ・しんすけ)
東京農工大学大学院教授。博士(農学)。専門は生態学。主な研究対象は、森林生態系における生物間相互作用、ツキノワグマの生物学。著書に『クマが樹に登ると』(東海大学出版部)、『わたしのクマ研究』(さ・え・ら書房)、『ツキノワグマのすべて』(文一総合出版)、「ある日、森の中でクマさんのウンコに出会ったら」(辰巳出版)など。


いいなと思ったら応援しよう!