ヒメアマツバメが教えてくれた!? 都心のオフィスビルのすみ心地
Author:高野丈(編集部)
東京・御茶ノ水、駿河台のオフィスビルにすみついている謎多き鳥、ヒメアマツバメ。「地上100m! 都心のオフィスビルにすむ謎の鳥を追え」で以前ご紹介したように、ブンイチは三井住友海上火災保険株式会社と共催で、オンラインのトークイベントを開催しました。講師をお願いしたのはNPO法人バードリサーチの研究員、神山和夫さん。駿河台はもちろん、都内の川や神奈川県の海沿いの営巣地を調査するなど、事前にさまざまな準備をしました。
イベントは2022年1月28日金曜日の夜、ヒメアマツバメのコロニーがある三井住友海上駿河台ビルの向かいにある、環境コミュニケーションスペース「ECOM駿河台」からライブで配信。事前に約400人のみなさまから参加申込をいただき、当日はつねに250〜260人の方が視聴、大盛況でした。このトークイベントを、ブンイチのYouTubeでまるごと公開しています!
当日参加できなかった方やもう一度見たいという方はもちろん、この記事を読んで初めて知ったという方も、どなたでもご覧になることができます。
イベント本編終了後には質疑応答を実施。謎の鳴き声の正体を知りたかったという方から熱心な野鳥観察愛好家まで、多くの質問をいただきました。イベント当日は、時間の関係ですべての質問にはお答えできませんでしたが、この記事を通して可能な範囲でお答えしたいと思います。
ヒメアマツバメQ&A
協力:堀田昌伸(長野県環境保全研究所・研究員)
Q1.名前の由来は?
A1.日本に生息するアマツバメ類で最も小さいから。スズメよりも小さく、全長は13cm。日本では同じグループの他種よりも小さい種の和名に「ヒメ」を使う傾向があります。鳥類に限らず、植物や昆虫などほかの生物群でも同様です。例:ヒメハルゼミ(昆虫)、ヒメベニテングタケ(きのこ)など。
Q2.日本海側に分布しないのはなぜですか?
A2.空中の昆虫類が冬季でも豊富な、比較的温暖な気候の地域でないと暮らせないからだと考えられます。
Q3.99%空中での生活だから、飛びながら寝ている? 巣で寝ているんじゃないのですか?
A3.海外に分布するアマツバメのなかまの一部の種で、7か月近く飛び続けていた例が確認されています。この種はなんらかの手段で、飛びながら睡眠を取っていると考えられます。ヒメアマツバメは巣をねぐらとして使うので、それとは違うと思います。99%空中生活というのは、空中生活に特化していることをわかりやすく表現したもので、正確な比率ではありません。
Q4.アマツバメ類の水平飛行の速度は、鳥の中では一番速いと聞きましたが、そうなのですか? もし、そうだとしたら、時速でどれくらい出るのでしょうか(ハヤブサは、急降下するときの速度が時速300km/hを超えると聞いています)?
A4.アマツバメのなかまのハリオアマツバメに速度計を装着し、正確な飛行速度を計測した記録があります。それによると通常飛行で70km/h前後、速いときで約130km/hという結果でした。ちなみにハヤブサの急降下速度は最高で380km/hという記録がありますが、通常の急降下は150〜200km/hとされます。ヒメアマツバメは体が小さくて速度計を装着することができませんが、装置の小型化などで将来計測することができれば、興味深い結果が出るかもしれません。
Q5.ヒメアマツバメはシーズン中、何回子育てをするのでしょうか?
A5.4〜12月までの期間に2〜3回繁殖することがわかっています。1回めの産卵時期は4月前後、2回めは7月前後、3回めは10〜11月です。回数は個体によって違い、秋の3回めの繁殖では産卵するメスの割合が少なくなります。
Q6.そんなに何回も繁殖するのは、生存率が低いのが理由ですか? ハヤブサやチョウゲンボウに捕食されるからですか?
A6.鳥類は、資源(食べ物)量によって繁殖状況が左右されます。資源が豊富なら1シーズンに複数回繁殖することもありますし、少なければ繁殖することができません。また、渡りをする種では繁殖できる期間に限りがあります。ヒメアマツバメは留鳥で、ひなに与える食べ物も十分で長期間得られるので、複数回繁殖できると考えられます。
Q7.巣立ち後の幼鳥は、どこで親鳥から給餌を受けるのでしょうか? ある程度育ったら駿河台を離れて分散していくのでしょうか? そうであるなら、新天地を見つけるまでにどれくらいの期間がかかるのでしょうか?
A7.ふ化してから巣立つまで、通常で約1か月半かかります。天候にも左右されますが、このサイズの鳥では巣立ちまでの期間がずばぬけて長いのが特徴です。他種では巣立ったあとしばらくの期間、親鳥から給餌を受けますが、ヒメアマツバメのひなは巣で給餌を受け続けます。巣外のどこかにとまって、親鳥の給餌を待つことができないからでしょう。巣立ち=独立であり、一度巣立つと巣には戻ってきません。
ヒメアマツバメの研究者、堀田昌伸さんも巣立ったあとの幼鳥の動きまでは追跡できていないのですが、ヨーロッパアマツバメでは、巣立った後は巣に戻らず、親鳥と関わることもなく、完全に独り立ちしていくことが知られています。
したがって、巣立ったヒメアマツバメの幼鳥が新天地を見つけるまでの期間も不明ですが、堀田さんが調査したコロニーでは、巣立った幼鳥の一部(数%程度)が翌年の繁殖期に戻ってくるそうです。
Q8.よりよい巣をもつ独身個体とつがうために離婚するそうですが、離婚された個体はその巣にすみ続けるのですか? こうした行動は鳥類一般にあることですか? ツバメではどうでしょうか?
A8.残された個体はその巣にすみ続けます。理由は、完全な巣でなくてもすでにかなりのコストをかけてつくっているから。その巣よりも条件の悪い巣にいる鳥がやってきて、つがいになります。
その過程でも離婚が生じているなら、さらに条件の悪い、あるいは巣をもっていない独身個体がよりよい巣をもつ離婚された個体とつがいになります。ちなみに最も条件の悪い場所は、巣をつくっていない壁面です。こうしてどんどんスライドしていくと、個体群全体としては繁栄するという見方はできます。
こうした、よい巣を得るための離婚行動は、ヒメアマツバメ以外の種でも見られますが、ツバメの場合は、条件のいい巣を得るために離婚することはありません。
Q9.飛びながら昆虫を捕食するのでしたら、樹上のイモムシなどは捕食しないのでしょうか?
A9.空中でも高い位置を利用するので、樹上の昆虫を捕食することはふつうありません。ツバメの場合は、イモムシやバッタのような飛翔しない昆虫をヒナに持ち帰ることもあります。しかしヒメアマツバメの飛行高度では、こうした昆虫を捕ることはないでしょう。
Q10.どうやって水分補給しているのですか?
A10.おもに食べ物から水分をとると思いますが、水面すれすれに飛び、口を開いてすくい取るように水を飲みます。水浴びは、水面すれすれに飛び、バシャッと水に入り、すぐに飛び出します。
スクープ!
三井住友海上駿河台ビルの屋上庭園の水場に設置しているセンサーカメラに、一度だけヒメアマツバメが写ったことがあります。上の回答のようにふつう水を飲むときは飛びながらなので、別の理由で降りたと思われます。水辺からやや離れた位置に降りています。いずれにしても、とても貴重な記録です。
Q11.天敵はカラスとのことですが、やはり東京ではカラスが一番強いのでしょうか?
A11.カラス類はヒメアマツバメに限らず、いろいろな鳥のひなや卵を捕食します。鳥を捕食する鳥としてはタカやハヤブサのなかまが知られますが、巣を襲ってひなや卵を襲うことはふつうありません。そういう意味ではカラス類は手強い捕食者で、ある意味では最強とも言えるかもしれません。
Q12.夜中に集団で飛んでいるのは、視覚以外の仕組みがあるのでしょうか? 鳴きながら飛んでいるのは、声でお互いの位置を確認しているのでしょうか?
A12.多くの野鳥は、紫外線まで感じられるすぐれた色覚と視覚にくわえ、太陽や星の位置と体内時計を組み合わせた定位を行っています。また、地磁気を感じ取ることもできるといわれます。すぐれた視覚に加え、視覚以外の感覚や能力を組み合わせることで、夜も自在に行動できると考えられます。多くの鳥が鳴き声でコミュニケーションをとっています。鳴き声で位置を確認しているかどうかはわかりませんが、夜間も鳴き声でなんらかのコミュニケーションをとっていると思われます。
参加者の声
イベント後に実施したアンケートでは、うれしいコメントを多数お寄せいただきました。すべてを掲載することはできないのですが、いくつか紹介させていただきます。
みなさん、うれしいコメントをありがとうございました。関係者一同とても参考になり、励まされました。今回のイベントを企画・開催するに際しては、研究者でありヒメアマツバメの観察と知見が豊富な堀田昌伸さんに多大なご協力をいただきました。また糞の内容分析という骨の折れる作業を引き受けてくれた守屋博文さんにもたいへんお世話になりました。厚く感謝し、御礼申し上げます。
ヒメアマツバメについてはまだまだわかっていないことが多く、これからも注目して観察を続け、少しずつ謎を解き明かしていきたいと思います。そして新たな発見や新事実について、いつかまた発表する機会を設けられれば幸いです。
駿河台にヒメアマツバメを見にいこう!
春の足音が聞こえてきました。繁殖期が近づいて動きが活発になるヒメアマツバメを見にいってみませんか。
駿河台ビルの屋上庭園にはどなたでも入れます。
開放時間:平日10:00〜16:00(3〜10月は17:00まで)
屋上庭園向かいのECOM駿河台にもぜひお立ち寄りください。ヒメアマツバメの巣や剥製も展示してあります。
開館時間:平日12:00〜18:00(土日祝日は閉館。まれに貸切で閉館することがありますので、事前にECOM駿河台のFacebookページでご確認ください)。屋上庭園や野鳥観察の案内が必要な方には、ECOM駿河台で毎月開催している探鳥会がおすすめ。くわしくはECOM駿河台のFacebookページをご覧ください。
ECOM駿河台や屋上庭園のすぐ近くには、バードウォッチングショップ「ホビーズワールド」があります。ヒメアマツバメ観察の前後に足を運んでみてはいかがでしょうか。
Author Profile:高野丈(編集部)
文一総合出版編集部所属。自然科学分野を中心に、図鑑・一般書・児童書の編集に携わる。2005年から続けている井の頭公園での毎日の観察と撮影をベースに、自然写真家として活動中。また、井の頭公園を中心に都内各地で自然観察会やサイエンスカフェを開催している。得意分野は野鳥と変形菌(粘菌)。