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第3回《川旅で出会った生き物たち》

Author:北中康文(自然写真家)

(1)アオハダトンボの交尾態・那珂川(栃木県)

季節は6月下旬。場所は那珂川右岸の河川敷公園。本流から引き込まれた小川が流れ、そばには木道が設けられていた。散策のできるビオトープ的環境といえるだろうか。僕は一眼レフに2×テレコンを介して105mmマクロレンズを装着していた。
たまたま通りかかった水辺の草に、ひらひらと飛んできたトンボのペアを見つけた。低姿勢でゆっくり近づき、中腰のままファインダーにそのペアをとらえた。アオハダトンボの交尾態(左が♂)だった。手前の草を前ボケに入れてフレーミング。絞りはF16にセット、身動きせぬよう息を殺してシャッターを切った。後でネット検索すると、アオハダトンボは栃木県では比較的見られるが、全国的には数が少ない準絶滅危惧種だった。

(2)エゾシカ・石狩川(北海道)

 初夏の北海道を訪れたこの日、僕は石狩川の層雲峡にいた。国道39号の路側帯に車を停め、石狩川の様子を確かめに行った。そして、車に戻ったその時だった。右前方の林縁から一頭のエゾシカが草を食みながら出てきたのである。僕は、エゾシカから見えない位置でカメラをスタンバイ。70〜200mmズームを望遠端にセットし、車の陰からゆっくりと身を乗り出した。
すると、こちらの様子を気にすることもなく、食事に夢中になりながら近づいて来た。僕との距離が徐々に縮まった。200mmでも大きく狙える位置に来たので、最初のシャッターを切った。その瞬間、シャッター音が気になったのか、こちらに顔を向けた。すかさず2枚目、3枚目と連射。運よくカメラ目線のエゾシカが撮影できた。

(3)ウンモンスズメ・網走川(北海道)

全国の撮影旅では、夕方から、その日に撮った写真をパソコン整理するのが日課。たまたま早く写真整理が終わり、車を停めていた道の駅あいおいの中を散歩した。すると、LED化されていない外灯の下にたくさんの蛾を発見。早速、車に戻り、カメラに105mmマクロレンズとリングストロボを装着。頭にはヘッドライトを固定して、外灯の下へ向かった。蛾は大好きな生き物のひとつ。しかし、暗闇での撮影は昼間より断然難しい。まずは、ヘッドライトの光を頼りに魅力的な蛾を探した。あっちできょろきょろ、こっちできょろきょろ。そうこうする内に、緑が鮮やかなウンモンスズメを見つけた。何度かシャッターを切ってから、左手人差し指をそっと前脚に近づけた。運よく指先に乗ってくれたところを、右手一本で撮影。納得の一枚となった。

(4)コウノトリ・円山川(兵庫県)

円山川下流域の豊岡盆地は、コウノトリの生息地として有名だ。11月中旬、正午に近い時刻だった。僕は助手席のパートナーに、「そろそろ豊岡盆地やから、コウノトリらしい鳥を見つけたら教えてな」と声をかけた。そして、日高町市街を国道482号で抜け、円山川を渡ったその直後だった。
青空に弧を描く鳥の姿が、車窓に飛び込んできた。「えっ、コウノトリ!?」車を路肩に止め、すぐにAPS-C一眼に300mm望遠レンズをセット。車体にもたれかかった状態で、僕はシャッターを連射した。大きく広げた翼の前部が白く、後部が真っ黒。まぎれもないコウノトリだ。豊岡盆地に入るなりコウノトリに出会えるとは、何という幸運。その後も2度、コウノトリをカメラに収めることができた。

(5)アズマヒキガエル・荒川(山形県)

5月の連休明け、山形県・荒川の取材がスタート。陽光は温もりを感じたが、飯豊連峰の峰々は白銀に輝いていた。この日は、荒川が花崗岩類を浸食する赤芝峡を訪問。時刻は9時。国道113号・横根トンネル北側の旧道をカメラ片手に散策した。荒川沿いの旧道にはところどころ落石があった。用心しながら歩を進め、赤芝峡の印象をカメラに収めた。そして、来た道を引き返した直後のこと。日当たりにいいアスファルトの上で、じっとしているアズマヒキガエルがいた。黄褐色の大きな個体だった。固まったまま動かない。体の色合いと枯葉を載せていることから、春眠明けのオスだろうか。カメラを近づけても動かない。カメラのモニターを起こしローアングルからパチリ。面白いショットが撮れた。

(6)ツキノワグマの足跡・江の川(広島県)

桜の便りが届く季節となった。僕たちは、中国地方最大の川・江の川を取材。その中で、かつて銀山街道の難所といわれた赤名峠を訪れ、ランチタイムとした。車を林道の片隅に止め、パートナーが林道わきの清流を眺めに行った。すると、「ちょっと来てー!!」と彼女の声が響いた。地図に情報を記していた僕は、すぐに車を出て駆け付けた。「これ、クマの足跡やん」何度か実物を見ていたので、ツキノワグマの足跡だとすぐにわかった。
湿った地面が凹み、くっきりとした足跡が浮かび上がっていた。踵から爪先までの痕跡がじつにリアル。後でチェックしたら、右の後ろ足だった。僕は巻き尺を取りに戻り、それを伸ばして撮影した。足跡の鮮明さからすると、そんなに時間は経っていないだろう。僕たちは、さっさと作れる天かすうどんで空腹を満たした。

(7)カクベンケイガニ・鶴見川(神奈川県)

鶴見川は、流域内人口密度が日本一の都市河川だ。全長43kmと短く、狭い流域に約200万人もの人々が暮らす。そんな鶴見川にも自然は息づいていた。10月上旬、河口手前に形成された生麦干潟を訪問。専用駐車場がなく、ちょっと離れたコインパーキングに車を停めた。
この干潟は、かつての漁師が捨てた貝殻が堆積して残り、一見、都会離れした雰囲気が漂う。カメラを携えて貝殻の上を歩いていると、何か黒いものが動いた。甲羅の幅が2cmほどのカクベンケイガニだった。入手したばかりの24〜120mmズームで俯瞰気味にクローズアップ。さらに、14〜30mmズームでそろりそろりと接近。鶴見川とともにローアングルから狙い、何度もシャッターを切った。

(8)ニホンザルの母子・梓川(長野県)

5月中旬、新緑が芽吹き始めた上高地を訪れた。上高地は信濃川流域の西端に当たり、そこを流れる梓川を撮影するのが目的。大正池でバスを下車、遊歩道沿いを歩きながら梓川や上高地の絶景をカメラに収めた。そして、河童橋を右岸へ渡り、明神池に向かった。絶好の行楽日和だったが、河童橋を過ぎると観光客はまばらになった。
梓川に沿って森の中を進むと、突然、子ザルをお腹にぶら下げたニホンザルたちが現れた。人慣れし、堂々としていた。すると、一組の親子ザルが陽光を浴び、倒木の上でじっとしていた。カメラを向けファインダーをのぞくと、子ザルが授乳していたのだ。僕が何度かシャッターを切ると、母ザルがそっぽを向いた。しかし、子ザルは乳首を加えたまま離さず、母子のきずなを感じる一枚となった。

(9)ヒダサンショウウオ・常願寺川(富山県)

この生き物との出会いは、取材中ではなく、登山のロケハン中だった。今回のミッションである109河川において、最大の難関が黒部川だった。その源流部へアプローチするには、山小屋に2泊する必要があり、そのためには体力づくりが大きな課題となった。そこで、薬師岳や鷲羽岳へアプローチできる折立登山口から、実際の登山道をロケハンしながら登る練習をしたのである。
このルートは最初から急登が続いた。そして、登り始めて1時間。一息入れようと立ち止まったら、湿った地面にヒダサンショウウオがいた。人の出現に驚いたのか、体をくねらせ逃げようとする。この時は14〜30mm広角ズームしか持っておらず、30mmで寄れるだけ寄ってシャッターを3回切った。

(10)エゾヨツメ・吉井川(岡山県)

里では桜が満開のころ、吉井川水系の津川ダム湖畔で蛾のライトトラップを試みた。蛾に興味を持って7年。それまでは外灯などに集まる蛾にレンズを向けていた。しかし、それだけでは限界を感じ、昆虫を引き寄せる紫外線を含んだライトを購入。そのテスト撮影でもあった。
日没前の薄明りの中でライトを三脚にセット、コナラなどの森に向けて日没を待った。そして、漆黒の闇の中でライトを点灯。15分ほどで蛾が集まり出した。すると、ひときわ色鮮やかな蛾が地面にやって来た。すぐに、ストロボとマクロレンズ装着の一眼レフを抱えて接近。ヘッドライトに映し出されたその蛾はエゾヨツメ♂だった。赤褐色の地に後翅の青い眼状紋がじつに神秘的。ひと目でこの蛾の虜になった。

(11)フタスジキソトビケラ幼虫・吉井川(岡山県)

吉井川上流には、僕の好きな撮影ポイントがある。そこは、森におおわれた段差のある清流で、湧水も流れ込み夏でも非常に冷たい。ゴム長で浸っていても冷たく感じるから、素足では30秒ともたない。そんな冷たい清流の浅瀬では、トビケラの幼虫がユニークな姿で眼を楽しませてくれる。その事実を知ってから、何度目かの訪問でやっと納得の一枚が撮れた。水中でも撮影できるコンデジを使い、内臓ストロボを水中発光させて撮ったものである。
トビケラの幼虫には、砂粒や枯れ枝などを材料に自分の鎧をつくるものがいる。写真のフタスジキソトビケラの幼虫は、砂粒をまるで石垣のごとくつなぎ合わせ、見事な住居を建築する。1cmにも満たない小さな虫の、どこにそんな技術が秘められているのか、感嘆するばかりだ。まさに、川と地質と生物によるコラボレーションである。

第4回へ続く。

Author Profile
北中康文(きたなか・やすふみ)。1956年大阪府生まれ。東京農工大学農学部卒業。スポーツカメラマンを経て、1993年より自然写真家として活動。全国1600ヶ所の滝をカメラに収めるなど、水をテーマとしていたが、水の器としての地質の重要性に気づかされる。2019年DUIDA認定ドローン操縦ライセンス取得。その後、3年半を費やし全国109一級河川を空と地上から撮影。日本の川の多様性に驚かされる。主な著書に「日本の地形地質」(共著)「日本の滝①②」「滝王国ニッポン」「風の回廊~那須連山~」「シャッターチャンス物語」「LE TOUR DE FRANCE」など。2007年「日本地質学会表彰」受賞。

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