ラテアートと居酒屋と
ビナフロントに「Latte Graphic(ラテ・グラフィック)」というカフェがある。ラテアートで有名な店で、敦は初めて中に入った。朝の金曜日の9時半だというのに、既に満席状態だ。窓側のソファー席に一人で来ているブルーのセーターを着ている女性や3人の女性客、明らかに厚木基地から来ている太ったアメリカ人カップルは、真ん中のテーブル席にいた。テーブル席のイケメンの息子と来ているお洒落な親子は、ワンピースにカーディガンを袖を通さず肩にかけている。
タッチパネルで人数や席の希望などを押すと、1番のプリントが出てきた。「ということは、誰もタッチパネルを使ってないということね」と瑠璃子が気づいた。「お腹いっぱいだからカフェラテだけいいかな」「モーニングを一緒に食べようよ」
モーニングセットは、480円とリーズナブルだ。ワンプレートにバケット、卵、トマト、ヨーグルト付きだ。ロングエプロン姿のスタッフに二つたのんだ。
「オセアニア地域で感銘を受けたCafeカルチャー。朝早くから町中のCafeには小さな子供から年配も方まで来店する店」を目指しているコンセプトがすごく気に入った。「フワーととろける卵料理が朝に最適だ」と敦は、感動した。
瑠璃子が、「行儀悪いけど、カフェラテにバケットを浸して食べると美味しいのよ」と弾んだ声で言った。「残念なことにブラックコーヒーにしてしまった」と敦は悔しがった。パリに毎年2回は、出張で出かけていた二人。ある小さなホテルをパリに住む友達に予約してもらっていた。日本で言うペンションだ。小さな二人用のエレベーターに乗っていくような部屋だった。珍しく朝食がついていた。フランスの片田舎から来た若いカップルが小さな食堂のテーブルで食べていた。朝食と言っても、クロワッサンとカフェオーレだけの至ってシンプルなものだった。
二人は、驚愕のシーンを目の辺りにしてしまった。クロワッサンをカフェオーレに浸して食べている。日本で言うお茶漬けそのものだ。二人は、しばらく目を見合わせて、無言のままになってしまった。このプチホテルに泊らねければ、このクールな食べ方を知らなかったと思う。「郷に入っては郷に従う」という諺通り、真似をした二人だった。
「おいしい。食文化は庶民が作り出すものだね」と感心した二人。
「美味しい食べ方を知っているのは、やっぱり現地の人たちだね」と瑠璃子も納得したことを思い出した。小洒落た店で、小洒落た人たちがいる。
「いつもは、狭い仕切りがあるブロイラーみたいに。餌を貰って食べているみたいな店では食べたくない」と瑠璃子は言う。確かに、コロナでどこも、仕切りを作り、狭いスペースに客を入れて、料理を提供しているが、食べている側は、ブロイラーの鶏みたいにみえる。餌を与えられているとしか見えない。
どこか、腑に落ちない点があった。それが一気に解消された気分だった。地元にも快適に過ごせるスペースがあったことが嬉しかった。「まるで、パリにいるみたい」その憧れのパリが、コロナで外出禁止や屋外のテラス席だけが解放されている状況だとニュースが伝えていた。あるフランス人が、「フランス人は飲んで、食べて、笑って、キスをするのが好きで、それができないのが辛い」とコメントをしていた。
キスはどうか知らないが、飲んで、食べて、笑うのは、日本人とて同じ。結局、「家で楽しむしかないかも」と言った瑠璃子の言葉が、正解だった。その晩、敦一家は、「おでんナイト」というイベントを見て、大衆居酒屋で飲んだ。
「やっぱり、家より楽しい」
全員の感想だった。敦は生ビールと日本酒を4合飲んだ。
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