80,81/101（xissa）

ぶらんこたちそれぞれのリズムで

隠れキリシタンを辿るフィールドワーク中、荒野みたいな空き地に車を停めて地図を見ていたらふたりの女の子が遊んでいるのが目にはいった。怖がらせないようになるべく遠めに近づき、ねえ、と声を張った。女ヶ崎教会を探しているんだけど、知らない？ しゃがみこんで遊んでいたオレンジ色とピンク色の水玉ワンピースのふたりは、知ってる！と口を揃えて叫び、こちらへ駆け寄ってきた。
こっち、と人なつこいふたりは勢いよく私を先導して長い坂道を上り始めた。どこからきたの？その荷物はなに？名前はなんていうの？ おしゃべりなふたりは姉妹で、ひとしきり私のことを訊いたあと自分たちの話を先を争うように始めた。小学校のことや幼稚園のこと、面白い先生のこと、日曜日は教会に行くこと、おじいちゃんがいること、この間新しいロザリオを買ってもらったこと。突然できた小さな友達に戸惑いながら一緒に歩いた。止まらないおしゃべりを聞きながら歩くのはとても楽しかったが、こんなに不用心で大丈夫なのか、と不安になった。テレジア先生に会えばいいよ、もしかしたらいないかもしれないけど、でもみんなやさしいから大丈夫、と立派な建物に案内してくれた。中からは給食のような懐かしい、甘ったるい匂いがしていた。
どうも調理場の裏口のようだった。私が行きたいのは教会の資料室で、資料室に入るには教会で鍵を借りなければならない。資料室の場所もわからなかった。私は調理場の裏の細い通路を行ったり来たりした。ふたりはドアをばんばん叩いた。誰も出てこなかった。表は大きな門で閉ざされている。声をかけても返事はない。途方に暮れているとふたりが何やら話し合っていた。おみどうにいってみる？ おみどうにテレジア先生いるかも。そっちかも！ふたりは次々と重なるように何かを話しながら私の手を両方からつかむと今来た道をぐいぐい引き返しはじめた。
坂に差しかかるとふたりは私を引きずって走り出した。急に風が身体にあたった。ふたりは止まらない。なんだかおかしくなって笑った。ふたりも笑った。つないだ手を伸ばして道いっぱいに広がって走った。どんどんスピードが上がってわあっと声をあげながら三人、転がるように駆け下りた。重いバッグやカメラがじゃまだった。

彼女たちのお御堂は畑の中の小さな日本家屋だった。さえずるようにふたりがたくさん紹介してくれたおかげで、全く私を疑わずテレジア先生は資料室の鍵を貸してくれた。終わったらここに置いておいてくださればいいですよ、とマリア像と干支の置物が並んだ下駄箱を指した。
家の隣の納屋が資料室だった。簡素な鍵で開けた資料室の中には血なまぐさいものが雑然と保管してあった。遮るガラスも何の説明書もなくまるで倉庫のようだった。ふたりもついてきてオルガンをぶかぶか鳴らしたりして遊んでいた。黒ずんだ聖書や古い綿入れをふたりは少しも恐れなかった。あかり取りの窓から光が差し込み遺品のほこりがきらきら舞う中で、彼女たちは絵の中の天使のように見えた。

倉庫から出て鍵を返して、三人でジュースでも、と思ったが、店がない。自販機もなかった。もう帰るの？とお姉さんののぞみちゃんが眩しそうな顔で尋ねた。これからうちに来れば？ロザリオ見せてあげるよ。妹のひとみちゃんが言った。私はどうしていいかわからなくなった。ふたりの手を探してもう一度つないだ。どうか、と強く思った。どうかどうか。言いたいことは渦を巻くようにあふれかえるのに言葉にならず、ふたりはつないだ手をうれしそうに揺らした。

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人類代表みたいな顔で歩く

よく思い出せない夢をなぞって時間ばかり過ぎる。こういう時に横になっているとろくなことを考えない。眠気も来ない。仕方がないので着替える。紐のだらしないスニーカーをつっかけて、夢の続きのように歩く。
町の眠りは浅い。あかりを落とした店の奥から笑い声が聞こえる。表にはゴミ袋の山がある。黒い半袖の従業員が大きなのを更に２つ追加する。驚いた猫が飛び出す。白熱灯に照らされたチューリップがプランターでだらしなくひらいている。湿気と生気でぬくもった春の空気はどこまで行っても同じ濃度だ。薄く息をしながらかき分けるように進む。
駅にはシャッターが降りている。どこに行く予定もないのに閉塞感にとらわれる。誰も見ていない信号が生き生きと点滅している。細い路地から人影が転がり出てくる。夜より暗い場所などどこにでもある。頭上で羽音がした。カラスだ。夜を覗くのだ、カラスは。飛んだ先にはたくさんのカラスがかたまっている。皆鳴きもしない。動きもしない。まだ夢を見ているのだろうか。通り抜けた途端に怖くなって転がるように走っている。朝はいまだ気配もない。