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すがるものひとつない青い空


人が入らないように見てて、と裏門の警備を頼まれた。教師になりたての年の文化祭だった。学校は敷地ごと浮かれていた。建物も生徒も浮かれ、教師も浮かれた。文化祭は生徒たちだけではなく外部のお客様も来る。他の学校がどうなのか知らないが、ここの学校では正門でチェックがあった。名簿に名前と連絡先を記入してもらい、ビジターの名札をつけてもらう。女子校なのだ。そこら辺は神経質になる。
裏門は、出たところがすぐに道路でその向こうは崖で、下には建設会社の小さな建物があるだけのさびしい場所だった。あまり生徒も使わない。正門は駅前大通りに接している。よほど用がある人しか裏にはまわらなかった。こういう所からよからぬ輩が入り込んでくるのだそうだ。本気で悪さをしたいなら塀くらい乗り越えるだろうから、まあ何となく体面を考えた上での措置なのだろうと引き受けた。
そういった事情で朝から裏門に立っていた。いい天気だった。就職してから半年くらいが経っていた。新人の先生というのはとても不条理で、生徒の前では「先生」だが実際のところは全てにおいて悲しいほどのビギナーだった。思った通りに進むことは何一つなく毎日のように問題が起こり、心中いつもパニックに陥っていた。先生は先生という生物で人間だとはこれっぽっちも思っていない子供たちはすごい勢いでじゃれついてくるし、ついでに傷つけてもくる。職員室で先生方から先生と呼ばれるのもいたたまれなかった。どちらを向いても嘘くさい日々だったが、4月の頃よりかはほんの少し落ち着きが持てるようになっていた。
裏門付近はとても静かだった。浮かれた雰囲気もここまでは届かなかった。心配していたような人たちは来る気配がなく、校内の人も来なかった。私はひとりで祭りの隅に立っていた。見るものもない。車一台通らない。ジャンパーを着ただけで出て来てしまったので暇つぶしの道具も持っていなかった。門を入ってすぐのところにひょろっと生えている棒のような貧相な木をずっと眺めていた。空は晴れて風が強く、雲がすごい速さで飛ばされていった。照ったり陰ったりを繰り返し、いくつもの校内放送が他人事のように流れた。あとは校内のざわめきがうっすら聞こえてくるくらいで、ほかは何の音もしなかった。

教師は2年で辞めたしあれこれすっかり忘れたが、文化祭の裏門のことはたまに思い出す。あの時の風の感じとか光の感じとか。感動は薄らぐというのにこういうどうでもいいものはなくならない。たまに思い出して特に感慨もない。この件に関しては後に、嫌われていたので裏門に回された、という話を聞いた。事実だろうと思う。門扉は閉じて鍵をかければいいだけだ。


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歌えども口さみし

メロン味のドロップをなめている。これはあまり好きじゃない味だ。でも缶から転がり出てきたので仕方なくなめている。大人だからだ。

クエン酸と砂糖と香料、あとは着色料くらいしか表現方法がないのに、フルーツドロップスには不思議な説得力がある。イチゴはイチゴの味だと思うし、ブドウはブドウの味がする。お気に入りはオレンジとレモンだ。小さい頃から変わらない。ハッカは歯みがきの味がする。

色も香りも味も、メロン味は人間が期待を乗せすぎているように思う。というかメロンはこういう味なんだろうか。私はメロンをよく知らない。あまり食べたことがない。個人の事情なので黙っている。大人だからだ。

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