マガジンのカバー画像

エッセイ

35
文學界noteに掲載されている、エッセイをまとめました。
運営しているクリエイター

#松尾スズキ

【エッセイ】松尾スズキ「家々、家々家々 ~男、松尾スズキ。魂の物件漂流物語~」【新連載第1回】

 とにかくつねになにかにせっつかれ、ずっと軽度か中程度のパニック。そんな精神状態が続いていた。  今、思い起こせば、なかなか明るいパニックではあったけど。  そのパニックの中でわたしは、希望を感じたり、絶望したり、人を疑ったり、次の日に信じすぐまた疑ったり、笑ったり怒ったり、10年分ぐらいの高カロリーの感情が毎日のように噴出し、不安と恐怖と、それでも隠しきれないエンターテイメント感の中で、なんとか喚き散らさず60歳の人間らしくふるまおうと、ひきつった笑顔でおのれを律してい

追悼 宮沢章夫 『戯曲ではない。台本があった。手書きなのであった。』 松尾スズキ

 宮沢さんは、出会った頃、ノートに、とてもかわいい手書きの文字で、台本を書いていた。 「僕の字は、いしいひさいちの字とまったく同じなんだ」  と、自嘲と自慢が微妙に入り混じった感じで、宮沢さんはおっしゃっていた。そう、四コマ漫画に添えられている字っぽいのである。  とっておけばよかった。ひしひしとそう思う。あの手書きの台本。   劇作家である宮沢さんの作品を「台本」と書くには訳がある。  宮沢さんといえば、わたしにとって「コントの人」だった。  初めて『ラジカル・ガジ