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エッセイ

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文學界noteに掲載されている、エッセイをまとめました。
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#書評

【書評】市川沙央「異世界転生は殖民論の夢をみる――『大転生時代論』」【全文公開!】

『ハンチバック』で衝撃のデビューを飾る以前は、20年にわたってライトノベルを中心に小説投稿を続けてきた市川沙央が、異世界転生×本格ポスト・ヒューマンSFの島田雅彦の新作『大転生時代』を読む。 ◆◆◆  世はまさに、大転生時代である。  大型トラックに轢かれて異世界に転生し、電車にはねられて異世界に転生し、通り魔に刺殺されて異世界に転生し、頭を打ったり、病気になったり、過労死したり、はたまた特に何もなくても転生してしまう。水洗トイレに流されたのは転生じゃなくて転移ものだっ

【書評・倉本さおり】三木三奈『アイスネルワイゼン』――明滅する現実の死角

 どんなに十全に描かれているように見えても、小説を通じて提示される視界には限りがある。達者な書き手ほど読者にその不自由を感じさせずに作中の世界を同期させる仕事をやってのけているわけだが、そこに意図的に遮蔽物が持ちこまれている場合はまた別の問題がたちあがる。そうやって覆いがかけられることではじめて輪郭を得るものを通じ、読者自身がおのれの視界の欠けや偏りを検めていく必要があるからだ。  本書の表題は作中でも触れられているとおり、サラサーテの名曲「ツィゴイネルワイゼン」(「ロマの

【書評】花田菜々子|静かに酔う人の美しさ――木村衣有子『BOOKSのんべえ お酒で味わう日本文学32選』

 お酒が弱い自分にとって、お酒が出てくる文学というのは決して自分が体験できない世界だ。それはいつも憧れの対象でもあり、同時に疎外感を感じるものでもある。だから『BOOKSのんべえ お酒で味わう日本文学32選』と、もうタイトルからして酒飲みたちが歓喜しそうな本を手にして、ページを開く自分は半信半疑のような気持ちでいた。これは飲むことと読むことが大好きな人のための本であり、自分には面白く読めない本なのでは、と。  しかし、序盤の数ページでその心配は一気に払拭された。  冒頭で