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エッセイ

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文學界noteに掲載されている、エッセイをまとめました。
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2022年10月の記事一覧

追悼 宮沢章夫 『戯曲ではない。台本があった。手書きなのであった。』 松尾スズキ

 宮沢さんは、出会った頃、ノートに、とてもかわいい手書きの文字で、台本を書いていた。 「僕の字は、いしいひさいちの字とまったく同じなんだ」  と、自嘲と自慢が微妙に入り混じった感じで、宮沢さんはおっしゃっていた。そう、四コマ漫画に添えられている字っぽいのである。  とっておけばよかった。ひしひしとそう思う。あの手書きの台本。   劇作家である宮沢さんの作品を「台本」と書くには訳がある。  宮沢さんといえば、わたしにとって「コントの人」だった。  初めて『ラジカル・ガジ

追悼 ジャン=リュック・ゴダール『映画作家ゴダールは、その「特権性」を晴れやかに誇示しながらこの世界から姿を消した』蓮實重彥

 ゴダールという名前を耳にして反射的に記憶に甦ってくるのは、三つの断片的な光景である。まず、1962年初冬にパリについてあまり時間のたっていない冬の夕方、サン・ミッシェル大通りとサン・ジェルマン大通りが交差するあたりのちっぽけな小屋で『カラビニエ』(1963)を見たときの寂れた光景は、とうてい忘れることができない。まばらな客席を見まわしながら、『勝手にしやがれ』(1960)で観客を魅了した監督の新作が決定的に無視され、あまつさえ軽蔑さえされていることが腹立たしくてならず、これ