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壊れていく自分と、新しい自分、それでも生きていく自分。


 燃え殻さんという方のエッセイに最近ハマっていて、「すべて忘れてしまうから」という本の中でこんなことが書いてあった。

 生きていると全部が、元にはもどらない。壊れた部分は壊れたまま、抱きかかえながら生きていくしかない。

燃え殻『すべて忘れてしまうから』
 

 昔読んだうつ病に関する本で、うつ病になるときは自分が何か重大な節目に出会っていて、自分が変わらざるを得ないとき、その苦しみを味わっている。そしてそれは必ず乗り越えられるし、自分が変わる成長のチャンスでもある。みたいな話も読んだ。

 確かに僕には何度かそういう経験がある。
 大学に入って、根暗過ぎてサークルにもバイトにも学校にも属せず、半ば引きこもっていた。そんな1年生の夏休みを孤独に迎えた時期、ある日突然、やたら伸びた髪を切りに人生初の美容室に行った。
 そこではやたらと明るいヤンキーのようなお兄さんが、色々と話かけてきて、僕はパニックになってしまった。
 突然、僕は自虐ネタを饒舌に喋り出し(大学なんて意味がない、サークルなんてあんなものチャラいやつが行くんすよ。。などなど)急に早口で喋る僕に対して、美容師さんたちはあっけに取られた後、爆笑していた。
「なんかウケるやつ来たんだけど!」と。
「じゃあさ、今日はカッコよくカットしてさ、大学デビューしちゃいなよ!」
 その日、僕は人と話す楽しさを久々に思い出した。反動で家ではものすごい疲れとうつ病に苛まれたけれど、その後も僕は美容院の常連になり、僕は謎の対外的な社交性を身につけた。その後もなんとか大学で友達を数人作ることができた。
 いまだにそのスキルはいかされていて、知らない人とでも割と適当に会話することができる(主に自虐ネタだけれども)。

僕の大好きなジブリの曲にこんな歌詞がある。

こなごなに砕かれた鏡の上にも 新しい景色が映される
かなしみの数を言い尽くすより 同じくちびるでそっとうたおう

覚和歌子、木村弓 『いつも何度でも』

 僕たちは沢山の困難を経験して、傷ついたり鬱になったりする。それでも僕たちはなんやかんや生きていくことができると思うし、痛みを伴いながらも少しずつ自分というものを変化させて、なんとか人生をこなしていくのだと思う。そして小さな幸せを噛みしめることができるのだと思う。

 まあ、一切傷つかず、鬱にならないに越したことはないんだけれどね。
 僕は生きるのが下手くそだから、これからも沢山傷つくんだろうな、僕の鏡はぐっちゃぐちゃだよ、うわやっぱり生きてくのしんどいな~とか考えつつ、同じくちびるでそっと歌おうと思います。

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