東京消費 #5 ファッション「ETRO」sandz
「良かったら今度、ETROの銀座本店に一緒に行ってみない? 店員さんに知り合いがいるんだよね」
大学時代の友人から突然、そんな連絡が来たのは数年前のこと。二つの意味で驚いた。一つはそのままで、友人の知り合いにETROの店員がいること。もう一つは、その友達は絶対にETROなんて着ないタイプの女性ということ。
だとしたら、なんで彼女が僕をETROのお店に誘ってくれたのか。理由は簡単で、大学時代から僕が〝ETRO好き〟を豪語してきたからだ。僕たちはとても仲が良かったから、ことあるごとに「ETRO、ETRO」と言っている僕の言葉が、彼女の記憶にインプットされたのだろう。
ETROの洋服といえば、鮮やかな色味やペイズリー柄、幾何学模様、動物のモチーフなどのテキスタイル(布)が特徴的だ。調べてみると、1968年の創業時には服飾を扱っておらず、あくまでテキスタイルメーカーだったそう。
僕がETROの商品を初めて買ったのは2008年だったと記憶している。正規店でストライプ柄のボタンダウンシャツを買い、当時、学生だった僕の1ヵ月分のアルバイト代はカードリーダーの電子音とともに消えた。ETROはラグジュアリーブランドだから、価格が決して安くはないのだ。
以来、シーズンごとに本国・イタリアのECサイトや二次流通の市場をくまなくチェックする日々が始まった。良いものをできるだけ安く買うための努力である。その努力の賜物のタイやニット、ジャケットは、すべてがワードローブの〝一軍選手〟だ。
ETROの銀座本店は路面店が立ちならぶ並木通りにある。ショーウィンドウ越しに見える店内の商品を目立たせるためか、外観は真っ黒な外壁だ。入店の際には、路面店ならではの緊張感があった。
「今日はお越しくださり、ありがとうございます。買う・買わないは気にせず、いろいろと見ていってください。商品が多すぎて、ディスプレイしていないものもたくさんありますから」
僕の表情が硬かったのか、入店するなり壮年の男性店員が優しく声をかけてくれた。この人が、友人の知り合いだった。
ネイビーのピンストライプのスーツにブルーのストライプシャツ。タイはネイビーのペイズリー柄。テキスタイルの印象とは真逆で、スタイリングも人柄もとても穏やかな感じの人だった。詳しいことは聞いていないけれど、その振る舞い方を見るに、それなりのポジションの人だろうことは分かった。
面白かったのは、店員さんが終始、僕と友達を男女のカップルだと思っていたことだ。初対面の人にわざわざ自分のジェンダーを告白することなんて滅多にない。女性の友達と二人でいると、大半の人はカップルであることを前提に話しかけてくる。僕はそれを嫌に思ったことは特になくて、むしろいつも楽しんでいる部分がある。
ともあれ、店員さんの人柄に安心した僕は、自分が好きな虎と蓮をモチーフにしたテキスタイルの話や、お気に入りの過去の商品の話を、本業相手に臆面もなくベラベラと話してしまった。それでも店員さんは、終始にこやかに話を聞いてくれ、「本当にETROを好いてくださってるんですね。ありがとうございます」と優しく受け止めてくれた。
話をしながらディスプレイされている商品を一通り見終わると、バックヤードの品物まで次々に見せてくれた。
「sandzさんのようにETROを好いてくださる人と長いお付き合いができると嬉しく思います。今日もETROのシャツとテーラードパンツを着てくださってますね。とてもお似合いですよ」
銀座本店ではまだ1着しか買ったことがない。紫色のコーデュロイのテーラードパンツだ。コーデュロイの裏側からプリントされたペイズリー柄が、光の当たり加減でほんのり浮き出る独特のテキスタイルに一目惚れした。
これまでは細身のパンツばかりだったけど、このパンツは近年のクラシック回帰もあってか少し太目だ。股上も普段履くものより深いので、ベルトの位置をいつもより少し高くすると、自分でも今までに見たことがないシルエットになった。
だけど、僕はどうしてこんなにもETROが好きなんだろう。この文章を書くにあたって、改めて考えてみた。おそらく、それはETROが〝足し算〟の美学を楽しむブランドだからだと思う。
作り手は、ジャケット、パンツ、シャツ、タイ、ポケットチーフ、それらに加えて人目につかない裏地やボタンなどの細部にも、テキスタイルや色遣い、柄なんかをびっしりと詰め込む。
そして着る人は、チェックにチェックを重ねたり、ストライプにストライプを重ねたり、さらにはそこにペイズリー柄やボタニカル柄などを加える。このブランドでは、そうしたスタイルが確たるものとして存在している。それは文字通り〝引き算〟の美学とは対極にある。
どれだけ言葉を並べて自己紹介をするよりも、ETROの服を着ている僕を見てもらったほうが、sandzとはどんな人間なのかを分かってもらえる気がする。なるほど、それが〝都会のファッション〟なのかもしれない。
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写真:Yoko Mizushima