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カラサキ・アユミ 連載「本を包む」 第14回 「改造社が起こした波」
ブックカバーのことを、古い言葉で「書皮」と言う。書籍を包むから「書」に「皮」で「書皮」。普通はすぐに捨てられてしまう書皮だが、世の中にはそれを蒐集する人たちがいる。
連載「本を包む」では、古本愛好者のカラサキ・アユミさんに書皮コレクションを紹介してもらいつつ、エッセーを添えてもらう。
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青い鳥と言えばTwitter、白い犬と言えばソフトバンク、緑と青の組み合わせと言えばファミリーマート………。何かを見たらすぐに何かを連想してしまう。誰しもがそんな経験をしたことがあるだろう。
このブックカバーを手にして以来、波模様を見かけると私は瞬時に改造社を連想する人間になってしまった。
一度見たら忘れられないこの強烈なブックカバーとの出会いは10年以上前。都内にあるブックオフのレジ脇にあった「ご自由にお持ち帰りくださいコーナー」(様々な栞や書店のブックカバーが詰め込まれた混沌とした箱)だった。
昭和初期に円本ブームを巻き起こし、戦前日本の出版界を大いに盛り上げたことで超有名なあの〝改造社〟である(「円本とは?」日本大百科全書)。
かつてその名を轟かせた出版事業こそ今では行なっていないが、関東を中心に複数店舗を展開する現役書店だ。勿論このブックカバーは現在も使用されている。
そしてこの書店は、昨今のレトロ建築マニアの間でよく知られた存在でもある。東銀座で1930年に建てられ今なお変わらずに存在する4階建ての自社ビルはモダンな佇まいのタイル貼り外壁で、その姿は多くの建築愛好家の胸をときめかしている。
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1992年に発行された『東京都書店商業組合50年史』の改造社の紹介欄には、代表の内川順雅氏のものと思われる次の文章が掲載されていた。
「改造社は大正八年故山本實彦初代社長により創設され、社会的世界的に常に自由で進歩的役割を果し、日本の出版文化の発展に大きな足跡を残してきました。〈中略〉今後ますます日本の文化社会の発展のために及ばずながら努力して参る所存です」
なぜ改造社のブックカバーには波が描かれているのか。その理由が凝縮されたような文章ではないだろうか。
繰り返し寄せては返す波は、古くから縁起の良い象徴として着物や器の柄に用いられてきた。波には永遠や不滅という意味があるそうだ。
改めてカバーに目を向けてもらいたい。激しくうねりながらも、どこか穏やかさを感じさせる趣のある波だ。まさに改造社に相応しい柄ではないか。
日本の出版界をリードしてきたアグレッシブな精神は、時を経ても形を変えても消えはしませんぞ! そんなメッセージが込められているに違いない……。あくまで私の妄想だが。
我々本好きは、自覚の有無にかかわらず改造社が起こしたビックウェーブに乗るサーファーなのかもしれない。ネットサーフィンならぬ〝ブックサーフィン〟である。私の脳裏には、ブックカバーに収まりきらなかった大海原の風景が自然と浮かんでくるのだ。
文・イラスト・写真/カラサキ・アユミ
1988年、福岡県北九州市生まれ。幼少期から古本愛好者としての人生を歩み始める。奈良大学文学部文化財学科を卒業後、ファッションブランド「コム・デ・ギャルソン」の販売員として働く。その後、愛する古本を題材にした執筆活動を始める。
海と山に囲まれた古い一軒家に暮らし、家の中は古本だらけ。古本に関心のない夫の冷ややかな視線を日々感じながらも……古本はひたすら増えていくばかり。ゆくゆくは古本専用の別邸を構えることを夢想する。現在は子育ての隙間時間で古本を漁っている。著書に古本愛溢れ出る4コマ漫画とエッセーを収録した『古本乙女の日々是口実』(皓星社)がある。
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