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結局は、自分なのよ。

こんにちは、bunです。
今日もお読みいただきありがとうございます。

よく「相手は自分の写し鏡」と言うことってありますよね。
わたしはその通りだと思っていて。

子どもたちに穏やかに接していると、
子どもたちも穏やかだし、

一見不愛想なコンビニの店員さんに、
丁寧に「ありがとうございます。」
と挨拶すると、にこっとしてくれたり、

すべて自分次第なんですよね。



最初から対人関係を諦める癖


最近気が付いたのは、
「あ、この人わたしと合わないかも…」
と思うと、
もう諦めちゃうわたしがいること(笑)

言ってもわからないよね。
とか
あまり関わらないようにしよう。
とか。

何を言われても、
我慢というか、
言い返しても仕方ないか、
みたいに諦めちゃうんです。


「わかってもらえない」という思い


今回休職に至ったきっかけとして、
「わかってもらえなかった」ということがひとつあります。

そこでポキッと気持ちが折れちゃったんですよね。

わかってもらえない
わかってほしい

この気持ちはどこから湧いてくるんだろう。

過去の幼いころの経験?
とにかく、過去と関係がありそうだと考えました。


自然の中で飲むコーヒー、最高!




自己中と言われて育った


幼いころ、
父も母も、わたしの話をよく聞いてくれていました。
「bunはわがままだなあ。」
と愛おしい眼差しを受けていた実感もある。

自分の思いが言える。
自分の考えが言える。

これっていいことですよね。

もちろん程よく空気は読みますが、
わがままっていいこと。
自己主張はいいこと、と思って育ちました。

だからこそ、

「わたしは自己主張ができる」

と思い込んでいたのです。



わたしは、自己主張ができる


言いたいこと、割と言えてます。
我慢?そんなにしないかな。
だって、思ったことは言ったほうがいいでしょ?


これがわたしだと思い込んでいたし、
本当にこのまま生きてきました。
いわゆる、わたしのキャラってこんな感じでした。

でもよくよく考えると、
言えないこともあったし、
言わないほうがいいなということもあった。
場を気にして無理に明るく振る舞うこともあった。
初めに書いたように、
諦めて言わない自分もいる。

あれ?
キャラと違くない?


「わかってもらえない」と蓋をしていたのは自分だった。


言いたいことは言っていると思っていた自分
実際には「この人に何を言ってもねえ…」と諦めていた自分

「わかってほしい」
って、そもそも蓋をしていたのは自分だったんだ。

これからは、自分100パーセントで生きよう。
ありのままの自分でいよう。(エルサ?)

そこから新たな世界が見えるはず。
そしてこれまでの世界も違って見えるはず。


過去を癒して次に進む!シンギングボウル瞑想会


過去を見つめなおそうとしたタイミングで、シンギングボウル瞑想会に参加しました。
贅沢に全身にシンギングボウルを浴びる時間…!♡
寝ているような、寝ていないような、不思議な感覚になりました。
宇宙空間を散歩し、
私の中のあらゆる時間、空間を行き来した感覚です。
最後にグーっと氣を入れていただき、グラウンディングしっかりさせていただきました。
すんばらしい経験でした。
気になった方はぜひ。




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