東京中心主義

『怨恨とは、弱者である限りの弱者の勝利、つまり奴隷たちである限りの奴隷たちの反逆と彼らの勝利のことである。』
           ドゥルーズ『ニーチェ』

  東京奠都以来の東京中心主義が浮き彫りになっている。メディアによる奇妙なまでの偏向報道も、大阪を排除するかのような心理も、大阪に対する反感が源泉のようである。
 大阪を蔑む風習ははるか江戸時代から連綿と続いている。徳川幕府は大阪における豊臣家の記憶を消去するために、豊臣大阪城を地中深くに埋めて、その上に新たな大阪城を築いた。東京から大阪に対する同様の心理が現在でもよく現れていることの一つが「ガラが悪い・下品・騒がしい」等々に代表される大阪の負のイメージである。それは、大阪を小さく「見せたい」――なによりも東京自身がそう「見たい」といった心理の表れであろう。

 

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