否定の精神

『奴隷たちの道徳は、「外のもの」、「他なるもの」、「自分とは異なるもの」に対して、まず初めに<否>と言うことから発生する。そしてこの<否>こそが、奴隷たちの道徳が実行する創造的行為なのである。価値を定める眼差しがこのように逆立ちしていること――すなわち、自分自身に向かい合うよりもむしろ、つねに外側に引きずられ、外へと向かってしまうこの必然的な方向性――これこそまさしく怨恨の本性をなしている。』
                                 ドゥルーズ『ニーチェ』

 地方から東京に住みついた人々や東京で働く人々は、周辺他県の人や、自分よりも後から東京に来た地方出身者を「田舎者」などと揶揄する傾向がある。この傾向は江戸時代から脈々と続いており、江戸で長く暮らしている人は、参勤交代で地方から江戸にやってきた武士などを、田舎者として笑い者にしていたようである。江戸っ子は、元来が他国出身者ばかりなので、そもそも彼らが「田舎者」である。そのせいか、自分よりも後から江戸にやってくる人を「田舎者」と呼んで否定していた。言われたほうは悔しいから、今度はさらに後から住みだした人を「田舎者」と呼んだ。自分がバカにされたくない一心で、地方出身者を軽蔑していたようだ。ニーチェによれば、このような「外のもの」、「他なるもの」、「自分とは異なるもの」に対して、まず初めに<否>という本性は怨恨の本性と呼ばれている。

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