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青春の馳星周

馳星周の作品はほぼ読んでいる。

私は、馳星周の初期作品に焦がれた一人である。
馳星周といえば、歌舞伎町を舞台にした暗黒小説、つまりはノワール小説の『不夜城』が一番有名な作品だと思う。

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これは、映画化もされていて、金城武が主演だった。私はこの映画が好きでも嫌いでもないが、然し、劉健一を演じられる役者がいることに驚きがある。私は後発組なので、子供向け映画を観ていた時に、この映画のポスターが大々的に貼り出されていて、怖かった思いがある。

大体、京都宝塚では、ドラえもんやクレヨンしんちゃん、それからゴジラ映画などの子供向け映画をやっているくせに、『リング』だとか、『死国』だとか、そういう映画も上映していて、巨大なポスターが貼られているのでたちが悪い。子供の心では、それは何十倍何百倍もの不気味さを伴って迫ってくるのだ。私の心は、『リング』などのポスターで大層傷つけられたのだ……。

馳星周は自身が公言するように、ジェイムズ・エルロイに多大な影響を受けている。
彼の筆致はアジアの汚れた街角を書くことで冴え渡り、登場する人物は全て保身と欲望に塗れていて救いがない。それは主人公とて例外ではなく、無論、ヒロインは主人公を堕とすファム・ファタルとして作中に存在し、主人公ですら利用される。
『不夜城』においても、利用し、利用される関係が続き、最終的には愛などなんの価値もないとばかりのクライマックスを迎える。『不夜城』は『不夜城Ⅱ/鎮魂歌』、『不夜城Ⅲ/長恨歌』へと続く。劉健一という最大のスターは続編では大物として脇に周り、主人公たちを翻弄する。彼の書く歌舞伎町は脳漿と精液と金に塗れている。
とにかく、初期作は全てが破滅へと向かう、まさに暗黒小説ばかりである。その頂点が日系ブラジル人のマーリオが死体の山を疾走する『漂流街』であり、台湾で野球賭博に手を染める元プロ野球選手加倉の破滅を描く『夜光虫』である。

とにかく、破滅、破滅、破滅、破滅、破滅。馳星周の暗黒小説は破滅で終わる。主人公は、死ぬために生きているようなもので、然し、死にたいわけではなく、どうしてかこうなってしまった、誰のせいでもない、自らの欲望において、その袋小路に迷い込んでしまったという人物が多く、彼らのその壮絶な地獄を、読者は覗き見るような形で疑似体験する。

馳星周作品において、命綱になるのは暴力ではなく、情報である。情報。その情報を巡って、諭吉が飛び交う。情報屋に5万円払って、新しい情報を手に入れる。上手く立ち回るため。生き残るため。或いは、より大金のために。
そういった、金と情報が飛び交い、最終的にそれは暴力へと繋がり、魑魅魍魎の蠢くアンダーグランドを主人公たちは駆けていく。縛鎖に囚われて、逃げ場のない世界を、一縷の望みをかけて、綱渡りしていく。
そういう馳星周作品は初期のもので、そこからテロルの系譜へと移っていく。それは、『9.11倶楽部』や、『煉獄の使徒』、そして『弥勒世みるくゆー』などの、体制に対する怒り、暴力を紡いだ作品群で、相変わらず暴力とセックスに塗れてはいるが、そこに哀愁と使命のようなものが帯び始める。
『煉獄の使徒』では、地下鉄サリン事件を元にした小説だが、ここで描かれる教祖は覚醒剤を常にキメており、女信者を抱くことしか頭にないが、この人物の描かれ方、破滅型の書き方がすごい。

馳星周は多作の作家で、作品は五十は超えるだろう。しかも長編が多い。近年は、歴史小説や山岳小説など、様々な分野も精力的に書いていて、直木賞も受賞した。
然し、私はもう一度、地獄のような夜の街を這いずる主人公の作品を読みたい。つい数年前に、『夜光虫』の続編である『暗手』などは、台湾の野球賭博からイタリアのサッカー賭博へと題材が変わっているが、文章が洗練されていて、毒気がない。

あの毒気、読んでいる者の心を惹き込むあの毒気は、或いは青春だったのではないか。青春の馳星周、いや、馳星周の青春期の小説である。

誰かが、青春は何歳になってもできると言っていたが、私はそのように思えない。青春は、若者の特権である。これは、失わないとその美しさに気づかないものである。青春が美しいと思えるのは、既に壊れてしまったものだからである。

馳星周は、自らの青春期を綴ったミステリー小説を書いている。

自身の経験を元に書いた自伝ミステリーだが、彼は本好きの青年で、ミステリ好きで、バー『マーロウ』で働いている。柔らかい、優しい文体で書かれていて読みやすい。それは、幾分かの作者の感傷がそこにひたひたと流れているからかもしれない。
地獄に触れる、青春の最終章、とはルトガー・ハウアーの『ヒッチャー』のキャッチコピーだが、青春の最終章は、大人(社会)という地獄に触れることであり、それは、どんなノワールよりも暗く、暗澹としている。その、暗澹とした世界に慣れて、何時しか文章が柔らかくなって、そこで作品は青春の熱が消える。

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青春期の作品は、青いものだが、然し、青い火は、何よりも熱い炎なのである。

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