見出し画像

【短編小説】 いもうとを蟹座の星の下で撲つ (前編)

夏至げしの夜にその祭りが行われる。クラスのし物は『ジャンヌ・ダルク裁判』だった。威張り腐った級長が、これまた不細工な副級長と一緒になって、配役は、阿弥陀籤あみだくじで決めようか、それとも、籤引ふくびきにしようか、ああでもないこうでもないと、議論している。生徒たちの話題は皆一様に、自分がどの役をてがわれるのか、そのことでもちきりだった。ジャンヌ・ダルク、ジル・ド・レェ侯爵、シャルルⅦ世、眞人がタブレットに送信されたばかりの脚本をタップしていくと、魔女裁判でジャンヌの火刑を叫ぶ者たち、という、何か、忌々いまいましい名前の役があった。ジャンヌを魔女だと、糾弾きゅうだんする者。溜息がこぼれる。けれど、クラスの誰にも聴こえていないだろう。誰がジャンヌになるのか、大方の生徒たちの意見は決まっている。真白愛弓ましろあゆみがそれに一番相応ふさわしいのだ。巫山戯ふざけた名前、真白い愛の弓、だなんて、眞人まひとはその名前を何度自分のタブレットに打ち込んだかわからない。横目で盗み見る。真白愛弓は憎らしいほどに美しい切れ長の瞳を、前に向けていた。ネコ科の日本人形のようだ。伏し目がちだと、御雛様おひなさまのようでもある。日本趣味、ジャポニズム美少女。首元に、美しい十字がまたたいている。彼女は敬虔けいけんなクリスチャンだった。真白は、その御名ぎょめいのとおり、肌も透き通るように白い。こいつは白雪姫だった。眞人は、自分の手をゆっくりと見つめる。この手も、男にしては、年頃の男にしては白白しらじらとしている。【御前おまえは世界で一番美しいのだよ】 頭の中に、声が反響する。「鏡よ鏡、鏡さん……。」眞人の声に、愛弓が彼に眼をやるが、本人は知らん顔をする。これがウォルト・ディズニーが1958年に制作した、あの、極彩色ごくさいしきの魔術の映画に登場する鏡の中に囚われた男に声で自分には聴こえている。それとも父さんの声、声変わりの悲劇。鏡よ鏡、鏡さん、世界で一番美しいのはだあれ?そうとなえると、いつも母さんも、父さんも、それはお前だよ、と、眞人を称賛するのが世のつねだったのに、この女の存在はどうだろう、それに、僕自身の肉体はどうだろう、幼い頃、お父さんが巫山戯ふざけて、いや、本当には親の心子知らず、で、あるけれども、眞人に化粧をほどこした五歳いつつの夏、あの夏に、眞人は鏡に映る自分が愛らしいお人形で、女の子よりも美しいことをると、夜空にまたたくお星さまにどうか、どうか世界で一番美しい男の子にしてくださいと自然と神様にお祈りしたのは稚気ちきの成せる夢想ではなかったか、彼は女物の洋服、化粧品、女の子の遊び、おしゃべりに夢中で、その所作しょさも自然に女の子に変わっていく、それではだめだと、あの満点の星空の下、一緒に神様にこうべを垂れてお願いしてくれたはずのお父さん、僕の髪の毛の匂いをいっぱいにいで、そうして取り出した小鋏こばさみで前髪を少し切って、懐紙に包んで、胸元にしのばせた父さん、ああ父さん、かわいそうな父さん、貴方はどうして心変わりしてしまったのですかと眞人は恨み節だが、男の子に戻るように、半ば強制的に、男子たるものとしての見本としてのロールモデルのボーイスカウトに入れられて、そこで可愛さの欠片かけらもない精液まみれの年頃の男ども、シニアスカウトにローバー、そんな奴らと生活、当の本人は半ズボンはより美しい足を桃色に染めているというのに、けれども、そんな彼らと悪事を共謀きょうぼうするうちに、だんだんと男としての品格を取り戻していく、代わりに、女としての矜持きょうじが奪われそうになる、いや、そうでなければ、それを消していこうと努力しなければ、男性性を守ることが出来ないのだ、周りにいる野獣ども、男というものは穴があればそれでいい、眞人は、自分のただ一つだけのものを守るために、野獣どもに対して必要以上に男らしく振る舞って、彼らのボスとして君臨しようと努める。けれども、眞人は、美しかった、父の言うように、愛らしい愛らしい子供だったから、成長していくにつれて、鏡すらも嫉妬するだろう、見目麗みめうるわしい自分の輝きは、その所作しょさは、もう、生まれついての者以上に、あの夏のの乙女座の呪いのように彼の唇を真っ赤に燃やしていた。あいつは男娼だんしょうだナ、そういう声が聴こえないこともない、まだ齢十よわいとおにも満たない少年に、なんと卑劣で、下等で、下劣な言葉であろうか、眞人は無視していた、自分が、ナルシスのようでもあって、或いは、ヘルマフロディトスのように、男と女のへだてを超えた、特殊な存在であると、神々に近いのだと自惚うぬぼれて、その揺らぎを楽しんでいたあの夜、それは真冬、クリスマス・イヴ、雪の降り積もるホワイトクリスマス、その夜に、父は運転するカブリオレをスピンさせて街灯がいとうに激突し、割れたガラスの破片が首に刺さり失血死した。ショック死の可能性も捨てきれなかったという。いずれにせよ、即死だった。その夜は、かわいい男の子向けのセーターを抱えたサンタクロースとして、眞人の前に現れる筈だったのに、冷たい雪の中、すぐと、荼毘だびに付されて、冷たい骨壺こつつぼ、墓の中、ハンノキの木の枝、風に揺られるその森にある墓地、父の墓の前で、眞人は父親の顔がぼやけて思い出せない、真白な薔薇を一輪、墓の上において祈るだけ。継父ままちちがやってきたのはそれからしてすぐだった。経済的に、眞人を大学までやるには、母一人では心許こころもとなかった、そこに愛があったのか、ないのか、それはわからない、継父ままちちは、軍人めいた格好をしていた。軍隊につとめているの?ソファに深々ふかぶかと座る彼にそう尋ねると、何度か頷いて、ウィスキーをちびる。酒の臭いが絶えない男だった。母が、父に続いて亡くなったのはそれから一年後だった。あの継父ままちちは、夜毎よごと何処どこかへ消えて、戻ると金を無心していた。軍人は格好だけだった。港のバーで出会ったというその時は、麗しく逞しい軍神の如し顔立ちの美丈夫びじょうぶだった、真っ黒な髪、燃えるような緑色の瞳、それを罠にして生きてきた生粋きっすいpimpピンプで、ゴロツキだった。母は、おぼこ娘で、父しか識らない、うぶな娘だった。母から受け継いだ眼が、教室を睥睨へいげいする。黒板に描かれたジャンヌ・ダルク、という文字、母こそが、うぶな御嬢様で、騙されて、そのまま死んだ母こそが、美しいジャンヌ・ダルクに匹敵する。なれば息子の僕こそが、その思いが、眞人の胸中きょうちゅうに渦を巻いている。真白薬局。真白愛弓の素行を識っている生徒は皆そう口にする。真白は、一時期、その美しさが因で、陰湿ないじめにあっていた。あくまでも噂だが。今でこそ、そのようなことはないようだが、それは、彼女がいじめられっ娘から売人へと鞍替くらがえしたからだ。辛い日々を紛らわすために仕入れた大量の睡眠薬は、自殺の地獄まで彼女を連れて行かずとも、三途さんずの川までは毎夜舟を出し続けた。頭痛薬、鎮痛剤、利尿剤、胃腸薬、風邪薬、ビタミン剤、それをサコッシュに入れて、一つ積んでは父のため 二つ積んでは母のため、地蔵和讃を歌う真白は正しく日本人形で、その切れ長の瞳は、皮肉にも薬にさらされて一層にんでいく、一層にとうとい光を放ちだして、それが彼女の神聖に寄与きよしているのは間違いない。神からつかわされた医学の天子てんしとなれば、彼女もまたジャンヌ・ダルクに相応しいのかもしれないが、ジャンヌは尼僧にそうのようなものである、愛弓が純潔かどうか、それはわからない。なれば、男娼だんしょうだと揶揄やゆされている自分はどうなのか、誓って男のものも、女のものも、その身に触れたことはない、ここで挙手きょしゅをして、真白薬局は純潔ではない、だから、ジャンヌ・ダルクには相応ふさわしくない!……そう言ってみるのはどうだろうか、どよめくクラス、眞人は空想を弄ぶが、だんだんと、喧騒が視界に戻って来る。眞人は、舞台に経つ自分を想像する。甲冑を着て、凛々りりしく剣をかかげるその姿、美少年めいた美少女、それは真白にオーバーラップする、自分は、あくまでも、美少女めいた美少年、なのかもしれなかった。真白がいなければ、こうは思わなかった。真白は、ただ眠たそうに、その切れ長の眼を、時折、窓外に向けるのみ。あーだこーだ、らちもない議論が続けられている。誰かが、合図のように、「ジャンヌ・ダルクには真白さんが相応ふさわしいと思います!」そう声を上げたのを境に、「ああ、真白さんはいいね。」「賛成賛成。」「背も高くて小作りだからさ、スラッとしていて、絶対に舞台映えするよ。」真白は、満更でもないようだが、幾人かの女子たちは、ねたみの目つきで真白を睨んでいる。連中には村娘Aと村娘B、それから村娘Cが関の山だろうなと、眞人は呟くように独りちて、まさか、この空気の中で、立候補するなんてできる筈もない。ジャンヌ・ダルクは純潔でなければいけない、それは間違いではない、そう、ジャンヌは神の子であるから、眞人の訴えは真っ当だった。自分こそがジャンヌに相応しいのだと、舞台の上でならば、男の子が女の子になれるのだと、シェイクスピアを見給みたまえ!胸を張ってその声を響かせることが出来るのだと、眞人は愈々いよいよ手を上げるか逡巡しゅんじゅんしていると、手を上げたのは真白だった。「とても嬉しくて有り難いお話なんですけれど、私はそんなに綺麗な娘じゃございませんわ。」真白がそう言ってそうはにかむと、それが辞退の表明だと、クラス全員が気付くまでにはしばらく時間がかかった。「えー、そんな。」「真白さんほど綺麗な人はいないわ。」「令和のジャンヌに相応ふさわしいのは君だよ。」様々な声が、お膳立ぜんだての声が、クラスを行きう、その中で、眞人は、ひょっとすると、自分こそがそれに相応ふさわしいのだと、今こそがときの声を上げる時だと、立ち上がって歌でも歌い、その絶唱において説得を試みようかと、その刹那せつな、真白はすらりとした指先で眞人を突ついて、「ねぇ、皆さん、ここにジャンヌを演じたい男の子が一人おりますわよ。」あまりの突然のことに、眞人驚き、そうして立ち上がって、何度か首をふる。途端に、あはははははははははははは、きゃははははははははははは、と、嬌声きょうせいに包まれるクラス、眞人赤くなり、「眞人ちゃんねぇ、可愛いけれど、整っていますけれど、ジャンヌは男の子がやるものよ。」そういう女子生徒の声に、眞人一層に赤くなって、もう消え入りたい、怒りの眼差しを真白に向ける。「まぁ、どうされましたの?」真白は、まるで善意からその申し出をしたかのように、眞人の心中をおもんばかることもなく、それは機械化されたオートメーションの天使のようだった。「僕は……。」声が出てこない、周囲の視線が刺さるようで、眞人は萎縮した。これは、今こそが舞台の時、魔女裁判にかけられたジャンヌさながらに、眠りこけるかたわらの教師を除いて皆が皆、眞人へと視線を注ぐ。汗が背中をつたい、然し、けれども、それは冷たい怒りにとって代わる燃料、突然のオーディション、降って湧いたかの如くの大チャンス、眞人は、火刑に処される娘の美しさを自らの手に見る、毎夜毎夜、代わる代わる夜毎よごとに美女を四つん這いで犯して自涜じとくふけり、それでいて自分も聖女になりたいのだと二律背反にりつはいはんした両性具有アンドロギュノスの夢を視る、オナニーをしている時だけが両性具有者の時間、その美しい手の甲の先には、汚れのない十代の娘特有の流れ星の尾っぽのように白白しらじらした真白の手が揺らめいている。眞人の願望をいつから見抜いていたのか知れないけれども、善意の裏に、眞人を苦しめようとする悪魔の匂いがこの女狐めぎつねの手先に宿っている。あれが芸術だ、そう、父さんに言われたのは何時だろうかと、眞人は記憶を巻き戻していた。走馬灯のように、時間が引き延ばされて、様々な思い出が自分の中を疾駆しっくしていく、それらの一つ、父親、父さん、パパ、呼び方は幾つもあれども、父さんで固定するとして、その父さんの芸術談義、それは、父さんが通勤のバスの車中で見かけた女性、その女性のまとう空気、品格、それら全てが、乗客の中でも抜きん出て輝いていた、彼女の栗毛は朝の陽に照らされていて光るようだった。女性は、お父さんの隣に腰を下ろして、目を閉じて転寝をする。女性は膝の上に置いた手を組んで、そこにゆっくり、朝日がのぼるるにともなって、光がスライドしていく。陶器じみた手は芸術品のようだ、いや、芸術とは、もうここにあって、これを描く、或いは書く、作る、そう、美しいと思えたものを作ろうと決意する気持ちこそが芸術なのだ、芸術はもうそこにあるのだ、そう父さんは僕を膝に乗せて話してくれた、眞人の記憶の父さんは、そう言って眞人を見据えると、父さんは、御前おまえが産まれてから、御前おまえの成長を見るだけで、もう芸術を作る必要性がなくなったのだ、確か、そのような言葉を並べていた。眞人の走馬灯の灯が消されると、眼の前に、近くで見るとうっすらと透明の産毛の生えた唇、血の色宿やどした頬の真白が立っている。「もちろん、お呼びじゃないなら構わないのだけれども。」級友たちの声が大きくなっていく。だんだんと、「いや、男の子が演じるジャンヌ・ダルクも面白いじゃないか。」「今の時代に合っているのかもしれないね。」「そもそも女の子じゃなかったのかもしれないぜ。」オルレアンの少女は間違いなく少女である。ただ、聖少女だった。男の子ならば聖人だろう。女であることに意味、意義があったのだ。色々な言葉が喉から吐き出されそうで、えずきそうになって、「ぼ、僕、やってみようかな。」精一杯の強がり、演技、焦り、れる、その心の中から絞り出した、小さな声、え?もう一度!、と、級友たちの視線、眼差し、五十を超える瞳、「ぼ、僕、やってみたいな。」そうすると、満場の拍手。真白も嬉しそうに手を叩いている。堕天使から聖天使へと逆戻りしたかのように、小作りな歯を見せて微笑み、手を叩いている。「それならば、私がジル・ド・レェ侯爵を演じてみようかしら。」不意にもたらされた提案に、教室がぱっと明るくなる。ジル・ド・レェを女性がるのもそんなに例がなさそうだ、と、皆が口々に言う。ジル・ド・レェは、青ひげ公、少年愛の殺人者、悪魔崇拝者、玻璃はりの器にたくさんの少年少女の肉塊にくかいを盛った悪魔、退廃デカダンスの極み、この劇中、ジャンヌが存命のその最中にはその本性を見せることはないけれども、然し、殺人狂を演じてみたいとはやはりこの娘は女狐めぎつね妲己だっきだろうか、こちらも満場一致での可決で、真白愛弓がジル・ド・レェ侯爵を演じることになった。眞人は、夢の底にいる気がしてならない。まだ走馬灯の中を彷徨っているに過ぎず、ここは白昼の歯医者で、歯科医によって麻酔をかけられて眠り続けている自分の視た放蕩ほうとうの夢の残滓ざんしかもしれない。ペニスの生えたジャンヌ・ダルクなんて……そう口に出すと途端とたんに赤くなる。眞人は、自分の視ているLSD要らずの『白昼の幻想』がクラス会の後のホームルームから帰り道まで、まだ続いているような気がする。京都北山、植物園の桜吹雪の下を歩いていると、眼の前をスタスタと歩く背の高いシルエット、一見して愛弓だと気づき、先程の、自分では言えない背中を押してくれたことへの礼を言うのが筋だが、彼女が眞人の心を何処どこまで識っているのか定かではないのだから、あまり深々とたずねるのも得策ではないだろうと、すれ違いざま挨拶にとどめる。全く、美しい少女だった。まだ十六である。十六であるのに世界の全てがそこにある。振り向いた彼女は地面に敷き詰められた桜の園の照り返しで輝くように白い肌が一層に白い仏の化身けしん尼僧にそうヘアーも似合うであろう彼女、ジャンヌ・ダルクはやはり彼女なのだ、然し、けれども、純潔ではない……、「……。」互い見合ったまま声が出なかった。眞人は、緊張もあったし、然し、それよりも、この美しい娘に欲情する自分、他の男どもからは欲情される自分というアンビバレンツな存在である事実に一層に腹が立ち、この女がそのような苦悩から解き放たれていることへの嫉妬もあった。鬼のような嫉妬である。この娘は、生まれながらに、死ぬまで、美しいままに生きていく。真白薬局、などと揶揄やゆされながらも、睡眠薬を呑んでデカダンスの極みにあっても、芸術そのものの美を持っている。いや、芸術そのものは、幼心、幼い美少年時代の自分だってそうだ、許せないのは、美しさの寵愛ちょうあいを女という身で一新に引き受けられること。そのことをそのままぶつけてみたいが、どうも言葉が出ないのである。言語化できないのである。「眞人さん、おきれいだから、きっとジャンヌ・ダルクが似合うでしょうね。」小作りな唇が動いて、眞人は驚きが隠せない。「ねぇ、そこで話しませんこと?」愛弓はそう言うと、軽く眞人の手を引いて、植物園の中に入った。植物園の中に人気ひとけはさっぱりだった。噴水の水音だけ聴こえて、まだ白日夢はくじつむが続くようだ。愛弓がベンチに腰を下ろすと、眞人もそれにならった。愛弓は、その切れ長の眼で眞人を見据える。「ねぇ、眞人さん、女の子のようね。」そう言われて、眞人はまたもやカッと頬が照る。先刻、ホームルームでその話をしたばかりだというのに、彼女が眞人の願望を喝破かっぱしていることを識っているというのに、まだ恥の感情がある。「ねぇ、私、あなたに初めて会ったときから、僕、女の子になりたいなぁって、そんな眼をしているのに気付いていたのよ。あなた、熱心に女の子たちのお化粧を見ていたわね。覗き趣味があるみたいに。あるんでしょう?覗き趣味。それから、女の子の身体にも興味あるんでしょう。不思議ね、女の子のまま、女の子を抱きたいのかしら?そういう趣味なの?」眞人は黙って愛弓を見た。愛弓は、その視線を意に介さずに、「ねぇ、私が女の子じゃなかったら、男の子だったら、どうなっていたと思う?」質問の意図を測りかねて、「それってどういうー。」「あなたは男の子のままで、女の子よりきれい。私は、女という身体に助けられているの。あなたは神様がお作りそこねたの。ペニスの生えたジャンヌ・ダルク。」一言一句たがわわず。先程の呟きを、か細い囁きを、愛弓は聞いていたのだろうか。「だから、私とあなた、どちらも女の子だった場合、きっと、誰もがあなたを選ぶでしょうね。そう考えると、ねぇ、悔しいでしょう。だから譲ったの。美しいのは私だけど、きれいなのはあなた。男の子のほうがずっとかわいい。お父さんも、お母さんも、男の子が大好きでしょう。」真白は遠くを見るように眼を細めた。今にも消えそうな幻の少女だったが、然し、溜息をつくと立ち上がり、セーラー服の胸元から覗くロザリオはローセキのように白い。「じゃあね、シンデレラ。」そう言って立ち去る彼女に、驚くべきことに、植物園の鳥たちがまとわりついている。思わず、「バイバイ、白雪姫。」呟いた言葉は、遠くに霞んでいく彼女の背にかかることはない。

《後編に続く》

いいなと思ったら応援しよう!