京都買います、っていくらするんだろう…
私は岸田森が好きである。
どれくらい好きかというと、岸田森をイメージした人物を登場させる小説を書くくらい好きである。
岸田森は私が生まれる前に亡くなってしまった俳優さんなので、彼の生きていた世界に重なったことはない。
岸田森は蝶々の採集が趣味、というより生きがいの人で、世界各国に採集に行ったり、数百万円する標本を買ったりと、筋金入りである。
大変に趣味のいい人である。蝶々の儚さは花と比べるべくもない。人工的とも言える美である。あの、無機質だが触れると命を感じる翅を挟み、そして心臓を潰すのである。
標本は、男の子の夢である。それは、残酷な夢であり、思い出の箱である。その箱を、大人になっても岸田森は蒐めていた。彼は、『少年の日の思い出』におけるクジャクヤママユを大切に保管していたユーミールであり、それを盗み出した主人公の私である。
さて、その岸田森と言えば、『傷だらけの天使』に出演しているが、『傷だらけの天使』はとてもいいドラマである。ショーケンは私的には『居酒屋ゆうれい』と「旨いんだなこれが。」のCMのイメージ、或いは逮捕された時のイメージしかなく、何がそんなにカッコいいんだろうかと思えたものだが、『傷だらけの天使』におけるショーケンを観てビビった。これはウルトラにかっこいい。オープニングにその全てが集約されている。あの、飯をバクバク食べる、コンビーフをガツガツ食べる、それだけのシーンに幾人の男性が惚れたのだろうか、真似したくなる格好良さである。
そして、晩年のショーケンもまた、最高にかっこいい爺さんになっていて驚愕した。
ショーケンはとにかくカッコいいが、岸田森もかっこいい。
岸田森の出ている作品で、『怪奇大作戦』という特撮ものがある。これは大変に有名な特撮ドラマシリーズだが、その中に『京都買います』というエピソードがある。
これは実相寺昭雄監督が撮ったエピソードだが、僅か20分程度の話に、文学作品に近い叙情性が盛り込まれている。いや、近いのではなく、これは文学である。
物語は、仏像盗難事件を追うSRIの牧史郎(岸田森)が、捜査の最中で出会った女性が、京都の町を学生たちに京都の町を売らないかと打診し、契約書にサインをさせているのを見かける。彼は、その女性美弥子と親しくなり、何故京都を売ろうとしているのか尋ねる。二人は、京都の町を歩く。
後半物語が解決してから、エピソードの主人公である牧が、いなくなった美弥子を探すように、1人冬の京都を歩くシーンが延々と続く。様々な場所を歩き、祇王寺という場所で、牧は美弥子と再会するのだが、この最後の数分間の美しさはそこらへんの映画が束になっても敵わない。
京都は晴れているよりも、曇った、どんよりとした寂しい冬こそが美しい。
私は妻と今の時期、祇王寺に伺ったことがあるが、紅葉が美しく、また人の気配もなく、作中、岸田森が歩いていた場所と同様の静謐さだった。
ここは嵯峨にあるお寺さんだが、ウルトラにおすすめである。とても静かで、素敵な場所だ。
ドラマで、文学を演じることは可能である。
然し、そこには魅力的な役者、そして、それを表出させるための監督が必要である。
岸田森は、少年の心があって、それは、トレンチコートを来た大人になっても、彼の表情を時折無性に魅力的にさせる。
彼は樹木希林の愛した男である。