荷風にはなりたくない
永井荷風の伝記漫画、『荷風になりたい』という作品がある。
全4巻で、ビッグコミックスで連載されていた。
文豪の永井荷風の物語で、彼の少年期から壮年期までを描く。
この作品は入れ子構造になっていて、永井荷風に憧れている『夜王』の原作者倉科遼先生の作品で、導入部、銀座で飲んでいる倉科先生が荷風について話す所から物語が始まっていく。
まぁ、R18指定の漫画で知る偉人の話、的なノリだと思って頂いたら差し支えはない。
倉科先生はとても荷風を尊敬していて、彼の男としての生き様を自分に重ねる。作中の荷風の顔と倉科先生の顔は同一で、後半、まさかの倉科先生の物語が番外編的に描かれる。
作画はケン月影先生で、この作品は恐ろしいほどにコピーが多い。いや、ケン月影先生の作品はコピーが多い。
荷風の話だから、花柳界の女性がたくさん出てくるが、その全てが同じ顔である。同じ顔、というか、一つの表情をコピーして髪型だけ変えると、それを作中で何度も使っているのだが、それでも違和感のないのがすごい。女性がとても色っぽいのである。荷風からも、女性が同じ顔に見えていたのかもしれない…。
まぁ、これがケン月影先生の手法で、『HUNTER×HUNTER』にもコピーペーストを多用し、それが見事な演出になっているシーンも多いが、この作品もコピーでここまでやれば職人芸である。
この漫画は荷風の童貞卒業に始まり、結婚や悪所通いなど、様々な女性との遍歴が語られている。基本的には彼の人生を漫画化したものだが、私小説的でもある作品の『濹東綺譚』においては、単行本第3巻を丸々使用し再現している。ちなみに、『濹東綺譚』は私家版もあって、これは数百万はする。
作中には荷風が見出した谷崎潤一郎も登場するが、後半、孤独に暮らす荷風を迷惑そうにやんわりと袖にする潤一郎が可笑しい。
4巻で荷風は寿命を全うするが、様々な女性と浮名を流して、その果てに孤独に死ぬのは、哀れにも思える。
画家の金子國義は永井荷風の作品が好きで、『腕くらべ』という作品を特に好んでいたが、私はこの話を読んだ時、時代錯誤な話で、江戸言葉が粋なだけで、別段いい作品とは思わなかった。江戸の御伽噺である。
『濹東綺譚』もただの赤線地帯探訪記みたいな感じで、突然の夕立での出会いには情緒を感じるが、それ以外は取りたてて良いと感じなかった。
永井荷風は明治の頃に洋行帰りして、長身でスーツを来ていたボンボンだったけれども、最後には孤独で死んでいく。
あと、100年後、荷風の作品は読まれているのだろうか。
漫画、『荷風になりたい』はとてもおもしろいのでおすすめだが、私は荷風にはなりたくない。