![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/34554168/rectangle_large_type_2_87d39c86a08f3302e2b89b27cea9580c.jpg?width=1200)
ミルキーウェイ
1-3
「ほかのおへやにもあんないしてくださる?」
なずなはそういうと、くさまおをみつめました。くさまおはうなづきました。そうして、なずなをひきつれて、そうして、じぶんたちのへやにつれていきました。そのどうちゅうにあるさまざまなえを、なずなはきょうみぶかそうにながめていました。まどがらすからみえるけしきをみつめながら、ときどきたちどまっては、だまってくさまおのあとについていきます。へやのたんすには、なずなののこしたふくでたくさんでした。なずなは、たんすをあけては、そこにかたずけられたさまざまなふくをとりだして、かおをかがやかせました。
「こんなたくさんのおようふく、はじめてですわ。」
「ぜんぶいもうとのだ。」
「わたしににてるひと?」
くさまおはうなづきました。そうして、なずなははっとかおをあからめて、まっかなワンピースをてにとりました。くさまおははっとして、なずなをみつめました。なずなはいまきているようふくをぬぐと、すぐさまそのワンピースにそでをとおします。そして、そのあかいろは、あのみぞのなかでながれていったひに、なずながきていたあかいコートのいろにそっくりでした。なずなのすきないろです。なずなのあかいろです。くさまおのめのなかが、あかいろでいっぱいになりました。なずながただただうれしそうに、そのワンピースをきて、くるくるとまわりました。バレエのピルエットのように、おんがくのように、くるくるとまわるのです。なずなにはくるくるとまわるのがとてもにあいでした。
「きみはゆうれいなの?」
くさまおがたずねると、なずなはくびをかしげました。
「あら。どうして?」
「きみはなずなに、いもうとににてるもの。」
「しらないわ。わたしはわたしだもの。おなまえがいっしょなだけですわ。」
そういって、なずなはもうこのやしきのしゅじんになったかのように、くさまおをてまねきして、へやからでていきます。くさまおはあわててなずなのあとについていきます。あかいいろが、やしきのなかをひのこのようにとんでいって、そうして、そのりゅうせいのようなひのこに、くさまおはつきしたがいます。そうしているうちに、だんだんだんだんくさまおは、このおんなのこがなずなそのものではないかというさっかくにおちていくのでした。
「ひろいおやしきね。ずっとすんでるの?」
ふりむいたなずなに、くさまおはうなづきました。なずなはなっとくしたようにうなづいて、そのまままたあるきはじめました。おきなのアトリエのまえをとおるとき、またフランク・シナトラのきょくがきこえます。
「ねぇ。ここをたんけんしたいわ。おもしろいものがいっぱいありますもの。」
「きみはここがはじめてだから……。」
「だって、あんなにたくさんのおにんぎょうさんがあるなんて、しんじられないわ。ぜんぶおとうさまがおつくりになったのね。おとうさまはかみさま?」
くさまおはただくびをふりました。おきなのことをおとうさまというなずなは、まさしくほんとうのなずなであって、ほかのだれでもありません。でも、たしかになずなはずっとまえに、もうながされてしまっていて、このよにはいないのです。ですから、いまいるなずなはやはりもうゆうれいなのかもしれません。けれども、あしもあるし、おきなにもみえているし、さわるとあたたかそうなのも、ほんとうのようです。くさまおはまたほほをつねりました。けれどもやはりいたいだけで、ゆめがやぶれることなどありません。
「あのたてものはなあに?」
まどガラスからみえているいしづくりのたてものを、なずなはふしぎそうにゆびさしました。くさまおはなずなのうしろからのぞきこんで、ああとうなづいて、
「きょうかいだよ。」
「きょうかい?」
「かみさまのおわすところだよ。」
「おとうさまのおうち?」
「おとうさまはかみさまじゃないよ。」
「いってみたいわ。」
「だめだよ。」
「あら。なんでですの?」
そうなずなにたずねられて、くさまおはかおをあからめました。なずながいきたいといって、とっさにでたひとことです。くさまおはくびをふって、
「あそこはあぶないんだ。もうずいぶんふるいんだからね。」
「おとうさまはすんでいないの?」
「おとうさまのおうちはここだからね。あそこにはだれもすんでいないんだ。」
「ゆうれい?」
なずながいたずらめいてほほえむと、
「わからないよ。でも、もうほんとうにふるいから、てんじょうにあなだって、あいているんだよ。みずがなかをながれているんだよ。」
そのきょうかいは、ずいぶんとまえにみすてられていて、くちはてていました。ちかくをとおるかわからえだわかれしたみぞが、きょうかいのなかにまでながれこんでいて、ちいさなおがわになっていました。そうして、あなのあいたてんじょうからふりそそぐひのひかりがそのみなもにはんしゃして、うつくしいゆらめきがありました。そのゆらめきにみをひたしていたことがあったのを、くさまおはおもいだしました。そうして、そのおもいでもゆらめいていくと、そのおがわにみをひたしていた、なずなのよこがおもおもいだすのでした。
「たてもののなかにみずがながれてるなんておもしろいわ。そんなもの、まちでもみたことありませんもの。ねぇ、わたし、そこにいってみたいわ。」
なずなはひでもついたようにほほがりんごのようにあかくなり、こうきしんのかたまりになりました。くさまおはくびをふりましたが、なずなはいうことはきかないといわないばかりに、くさまおにかおをちかづけておねがいをするのです。そうして、くさまおは、はじめてなずなのかおをじっとみつめました。もうながされてしまった、つめたいいもうとのかおが、そのままにそこにありました。
「やっぱりきみはゆうれいなんだ。」
「そう。ゆうれいよ。だからこわくないの。あぶなくないのよ。ねぇ、つれてってくださいましな。」
なずなはそういって、かおのまえでりょうのてのひらをあわせて、がっしょうをしてみせました。くさまおはためいきをついて、
「ついておいで。」
わっとなずなのかおがはなやいで、うれしそうになんどもうなずきました。くさまおはあきれながらも、おきなにみつからないように、ふたりしずかにかいだんをおりて、そのままやしきからでました。なつぞらがわっとひらがって、ひのひかりがさんさんとふりそそいでいます。じわっとせなかにあせのたまがすぐにあらわれました。くさまおはうでてひたいのあせをぬぐうと、
「ついておいで。」
なんどもおなじことをいうのがおかしいのでしょうか、なずなはくすくすとわらいながら、はいはいといって、くさまおのあとをついてきます。はやしにはいると、かぜがふきはじめて、すずやかなきもちになりました。ふたりはならんであるいて、ふいにふりかえると、もうやまねこのやしきはとおくちいさくみえます。そうして、ちいさく、あのなずなとおきなをつれてきたばしゃとぎょしゃのすがたがみえました。
「あのひとは?」
「ぎょしゃさんよ。きょうから、いっしょにすむんだと、おとうさまがおっしゃってましたわ。まちでもとてもおせわになったの。しんせつなかたよ。でもね、あのひとはしゃべれないのよ。」
「しゃべれない?」
「そうよ。だから、しんせつなかただけど、なにをかんがえているのかはわからないわ。」
くさまおは、うまのせにブラシをかけるぎょしゃをじっとみつめました。たしかに、うつろなめのままで、はじめてのころにみたいんしょうのそのままでした。
「ねぇくさまお。あなたのいもうとさんは、どこにいるの?」
なずなはなんのわるぎもないのでしょう、ほがらかなかおでたずねました。くさまおはかぶりをふりました。そうしてたちどまると、
「しんだんだよ。このはやしのみぞにはまって、しんだんだ。」
そうして、くさまおがゆびをさししめしたばしょになずながしせんをやると、そこはもうきょうかいでした。くさまおのことばどおりのくちたきょうかいで、いりぐちにみぞがあります。さらさらとみずのながれるおとがするのです。いりぐちがくずれたいしがつみかさなって、もうはいることができません。そうして、そのいしのつみかさなるすきまから、みずがながれこんでるようです。
「きをつけて。」
くさまおのことばにうなづきながらも、なずなはそのいしのかべにみみをあてて、なかからきこえるみずおとにみみをすませました。なずなはめをとじました。そうして、そのままくさまおをてまねくと、おなじようにするのだというようにいしをひとさしゆびでつつきました。くさまおはけげんなかおをしながらもちかづいて、おなじようにいしかべにみみをつけてました。みずのながれるおとがきこえてきます。みずのいきおいはゆるやかでしたが、ときおりこきゅうのように、からだにひびいてきます。そうしているうちに、だんだんとこのみずおとというのが、じぶんのからだのなかをながれているちのおとのようにもおもえました。そうして、そのおとのながれがじぶんにひたされていくうちに、まぶたがだんだんとおもくなるのです。くさまおはめをひらきました。なずなはもうめをあけていて、いしかべにてをついていました。
「そこがいりぐちだけど、もうこわれてる。あそこからはいれるんだよ。」
くさまおはそういって、いしかべにそってくさがおいしげったばしょをすすみました。なずなはなにもいわずについてきて、しばらくあるくと、かべがくずれてできたあながありました。くさまおはそのあなにまずはかおをのぞかせて、そうしてなかをきょろきょろとみまわしました。みずおとがはっきりとくさまおのみみにしみこんできます。ひらいたてんじょうからひのひかりがもれていて、みなもをてらしていました。どこかでみたモノクロのえいがのように、きらきらとひかりかがやいています。ああそういえば、あそこはあめがふったあとには、いつまでもいつまでもぽつりぽつりとあめのしずくがいしをつたっておちてきていたものだったと、くさまおはおもいだしました。そうしてそのときにはかならずといっていいほど、なずなもいっしょにいたのです。くさまおのむねいっぱいにおもいでがいきかえってきて、そうしてよこにはなずなもいましたから、なずなもいきかえってきたかのようにおもえました。
「ひみつのきちね。」
きょろきょろとかおをうごかせながら、なずながいいました。そうして、そのこえはかすかにはんきょうして、いしのかべをはねまわりながら、あなからでていきました。みずはきょうかいのなかおくふかくまでながれこんでいて、なずながそのながれにそってめをうごかすと、ちゅうおうぶぶんがいずみになっていました。いずみはたいようのかがやきがきらめいていて、ほしくずをまいたようになっています。
「おがわがあそこまでながれているのね。」
「うん。でもね、あそこはいずみになっているだろう。ちかすいだよ。こんこんといずみがわきでているんだよ。」
くさおまはそういいながら、おもいだしたようにあたりをみまわしています。そうすると、ちいさないしがいつくもかさねられてできている、おほらのようなものがありました。てだけがはいるような、ちいさなちいさなおほらです。そこにくさまおはてをいれて、なにかをさがしました。ゆびさきのふれたなにかにくさまおのかおはほころんで、おほらからでたてさきにはまっちばことろうそくがにぎられていました。
「まっちとろうそくね。」
くさまおはうなづきました。そうしてまっちをすると、ひをけさないように、てをかざしました。ろうそくにひをともして、いしのうえにたてると、きいろいあかりがゆらゆらとひかりのらしゃをおるようにゆらめきました。なんぼんもろうそくをたてていくと、あかりはどんどんひろがって、いつのまにかうすぐらいきょうかいも、ひのひかりでいっぱいになりました。みずとひだけが、きょうかいをながれています。ふたりはろうそくのまえにすわって、てんじょうをみあげました。ここからではたいようはみられません。なずなはめのまえのひにゆびさきをかざしました。くさまおは、なずながきえてしまうのではないかといっしゅんおもいました。ひにあぶられて、きえていくのではないかとおもえたのです。くさまおのかんがえとはうらはらに、ひはただゆらめくだけで、なずなのはだをあかあかとてらすだけです。しろいはだがだいだいいろにそまっていくのです。みずのおとがだんだんとおおきくなっていきます。そうして、いずみのそこには、ぎゅうにゅうのビンやふるぼけたブリキのかんがしずんでいます。あれもこれも、すべてなずなといっしょにきて、いずみになげたものだったことを、くさまおはおもいだしました。そうして、なずなのたましいは、いまはあのがらくたたちといっしょに、いずみのそこでねむっているのでしょうか。
「ここにはいつまでいるの?」
くさまおがたずねると、なずなはくさまおをみつめました。
「いつまでもいるわ。そう、おとうさまはおっしゃっていましたわ。」
「きみはほんとうにゆうれいじゃないの?」
「ゆうれいなんていないわ。」
ゆうれいなんていないのは、くさまおもしっています。でも、なずなはあまりにもなずなにそっくりで、あまりにもゆうれいなのです。
「このばしょにはいもうとさんときたの?」
いもうととおなじあかいふくで、おなじくろいめで、おなじあかいくちびるで、なずなはそうささやきました。
「よくきていたよ。ここはぼくにも、なずなにも、ひみつのきょうかいだったから。あ、なずなっていうのは、いもうとのなずなだよ。」
「わかっていますわ。」
なずなはふきだしながらそういった。
「ここはとてもきれいなばしょだから、ひるまにも、よるにも、きていたんだよ。あそこにあながあいているだろう?あのあなからよくほしがみえたからね。ほしぞらがきれいなんだ。よるにはここでろうそくをいっぱいにつけてね。そうすると、あかるくなって、そこのいずみにもよぞらがともるんだよ。」
「ほしがみえるのね。」
「まちではそんなにほしはみえないんだ。まちはあかるいけど、ほしのひかりがけされるんだよ。たくさんのビルがたっている。」
「しっているわ。わたしだってまちにいたもの。」
「あのばしゃにはよくのったのかい?」
「そうよ。わたしはいろいろなのりものにのったわ。ふねやひこうきはないけれど……。でんしゃにも、くるまにものったわ。」
「きみはずっとまちにすんでいたのかい?」
「そうよ。ずっとよ。わたし、けんきゅうじょにいたのよ。そこでおとうさまにそだてられたのよ。」
「おとうさまはぼくとずっといっしょにいたよ。はなれたのは、ぼくががっこうにいっていたときだけだよ。」
「わたしもおとうさまとずっといっしょにいたわ。」
なずなはふくれるようにあかくなりました。くさまおはあわててはなしをかえようと、
「そのけんきゅうじょには、なにがあったの?」
「なんでもあったわ。いろいろなことをおぼえてるわ。でも、おぼえていないことのほうがおおそう。あ、わたしはちいさなへやにいたわ。グレーグリーンのきれいなおへや。そこでずっといたわ。そこのまどからもね、ほしがみえるの。まちでもほしがみえるのよ。そこでおとうさまやせんせいにいろいろなおほしやせいざをおしえてもらったのよ。てんたいぼうえんきょうってしっていて?」
「ぼくがほしいやつさ。」
くさまおがうなづきながらこたえると、なずなはとくいそうになって、
「それもそのへやにあったのよ。おおきな、おおきなてんたいぼうえんきょう。ほしがたくさんみえるのよ。ほら、いまあのいずみに、たくさんのひかりがきらきらとしているでしょう?あんなふうに、ほしがきらきらとかがやいているの。おとうさまも、せんせいも、とてもものしりなのよ。だから、なんでもしっているし、おしえてくれるのよ。」
なずなはうれしそうにそういいました。くさまおは、なずなのいうへやをおもいうかべてみました。グレーグリーンのへやです。てんたいぼうえんきょうがあります。まどそとから、ほしぼしがたくさんまたたいています。くさまおのくうそうでは、グレーグリーンがどんないろかわかりませんから、とてもばくぜんとしたくうそうでしたけれども、ただてんたいぼうえんきょうのくろいひかりだけは、はっきりとまぶたのうらがわにうつしだせるのです。
めをあけると、そこはきょうかいでした。いまはまひるですから、なにもみえることはありません。ただ、よるになればあのあなのあいたてんじょうからも、たくさんのほしぼしがかおをのぞかせるのです。まちよりもひかりかがやくのです。ここにてんたいぼうえんきょうがあれば、どれほどきれいなものでしょう。しばらくくうそうしていると、なずなはたちあがって、すたすたともときたみちをもどりました。くさまおはあわててひをけして、まっちばことろうそくを、おほらのなかにもどしました。
「かえるの?」
「かえりますわ。」
ずいぶんじぶんかってだとくさまおはおもいましたけれど、なずなはもうあきたのかもしれません。あたらしいなにかをみたいのかもしれません。