少女ふたばよりかんばしくかなかなの唖し刺し殺す夏至物語 〜塚本邦雄の短歌からの聯想による〜
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五月三十日(土) 大雨
電脳世界をググってみても、なかなか見つからないのは毒薬の作り方。
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六月四日(木) 晴れ でも、仏滅。
青酸カリ。シアン化ナトリウム。青酸。プルシアンブルー。
FeK[Fe(CN)6]或いはFe(NH4)[Fe(CN)6]
水酸化ナトリムとプルシアンブルーとの混成により、水酸化鉄とシアン化合物イオンを作り、蒸留過程を経て、青酸が完成。
青酸カリウム(シアン化カリウム)、青酸ソーダ(シアン化ナトリウム)。
ウーン。色々調べていくと、青酸化合物には強烈な匂いがあり、毒薬に向いていない。毒殺に、向いていない。
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詩杏ちゃん、お休みはどこに行くの?
ええ、お休み……。そうだなぁ、家で、一人で、いるかなぁ。
お友達と遊ばないの?
あんまり。
そう。家で何をしてるの?
本を読んでる。先生のオススメとか。
『春琴抄』、読んだの?
それはまだ。
そう。読んだら感想、聞かせてね。
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六月五日(金) 晴
ビワの種子には大量のシアンが含まれている。乾燥させた種子。粉末状にして、チョコレートに組み込むどうだろう。だって、疲れると甘い物、食べたくなるもの。男の子も女の子も、チョコレートは好きでしょう?本にも書いてあるの。種子を単純に乾燥させた食品だと、シアン化合物はほとんど分解れずに残っている可能性があります、って。そういうの、どこで買えるのかなぁ。
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五月二十七日(水) 曇り
蜩にはセミヤドリガが寄生する。蝉、宿り、蛾?セミヤドリガは処女生殖すると言われ、ほとんどの個体が雌である。処女生殖。単為生殖。セックスをしないで、子供を授かるんだ。いやらしいことなんて、ないんだ。ああ、人間もセミヤドリガなら、あんなにクラスの女子たちが騒ぐこともないんだろうな。だって、バスの中でも、サラリーマンのおじさんの視線、やな感じ。同い年の子もやな感じ。合唱団で、晶くん、晶くんは、そんなことなかったな。晶くんもいやらしいこと、考えるのかな。オナニーとかするんだろうか。やだな。そんなこと考えるのよそう。少し、頭の中がおかしくなってるかもしれない。蜩は雄しか鳴かない、か。蜩は、雌を誘う声を上げるんだ。そういえば、動物のほとんどが、雄が雌を誘うんだ。でも、人間は雌もすごく男を、雄を誘う気がする。私の周りだけだろうか。全部、雌くさい。私からもそういう匂いが出てるんだろうか。私が少しでも身体の一部を見せると、合唱団の男の子、犬みたいになるもの。私、かわいいのかな。私、男の子たちに、どう思われてるのかな。ああ、分裂してるなぁ。いやだ。人が鏡になるって、そういうこと?あの男の子たちが、私の鏡なの?
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複製人間?
複製された人間。パパが作った。
あんたのパパが?すごいすごい。
すごいのかな。
すごいって。ノーベル賞?ノーベル何賞?
ノーベル生物学賞。でも、そんなすごい賞じゃないよ。
すごいじゃん。ノーベル賞って、一億円もらえるって。
識らない。いくらもらったのか、識らないし、興味もない。それに、ノーベル賞じゃないってば。
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五月十五日(金) 雨
機微。女の人には得意なもの。男の人に、解らないもの。
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六月三日(水) 雨
機微。男の人こそ気にしているもの。女の人に、そぐわないもの。
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「ねぇ、先生、国際生物学賞ってすごいの?」
すごい、どころじゃないよ。詩杏ちゃんの御父様。
「おとうさん、お母さんが動かなくなっちゃって、それから家に帰ってこなくなっちゃって、それで、国際生物学賞。すごい数のカメラ。」
偉大なことよ。人類にとって。複製された人間を造った。
「でも、お母さんを、放っているんだよ。それなのに、すごいのかな。」
うーん。なんて言えばいいのかな。
「先生にはわかるの?」
わかるといえばわかるし、わからないといえば、わからない。でも、詩杏ちゃんにとっては、お父さんのしたことは許せないんだよね。
「複製された人間を作って、お母さんを複製するんだって。」
……。
「それは、お母さんは、もういらないってこと?今病院で寝ているお母さんは、必要なくて、新しいお母さんに変えれば、それでもういいってこと?」
……。
「私たちを五年間、放っておいて、それ。何かな、私がおかしいのかな。」
……。
「お医者様、あ、お母さんを見てくれたお医者様、この前お話したときにね、おとうさんのことを相談したのね。そしたら、おとうさん、心が壊れちゃったのかもしれないってね。家族を引き離してでも、何かの救いに向かって、没頭しないと狂ってしまうのかもしれないって。だから、研究に没頭したんだって。何言ってんだよ、禿げ。そう思った。何も識らないくせに、偉そうなことほざくなよって思ったよ。お前におとうさんの何がわかるんだよ、低脳。おとうさんと、私のこと、何がわかるんだよ。糞野郎。ねぇ、そう思ったの。」
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乖離している気がする。詩杏の心には二重の人格があるように思える。パーソナリティの一致した、あくまでも一人に二重の人格。片方は父親を愛し尊敬している。片方は父親を憎悪している。その二つの感情(或いは、人格)で詩杏は引き裂かれている。併し、そのようなことを詩杏自身は気付いているのだろうか。或いは、詩杏の巧妙な罠なのかもしれない。私をそこに引き込むような罠。こういう、アンビバレンツな感情を持っ て私を誘惑乃至は拐かそうとした輩は何人もいた。昔の男。今の男。男、男、男。男。男、男、男。男。男、男、男。男。男、男、男。男。男、男、男。男。男、男、男。男。男、男、男。男。男、男、男。男。男、男、男。男。男、男、男。男。男、男、男。男。男、男、男。男。男、男、男。男。男、男、男。男。男、男、男、時々、女。
そういう女は、自らをメンタルヘルスだと自称し自傷行為もするが、併し、単純にただの自己愛が強いだけということが多い。女は、カウンセリングしている私のことを内心見下している傾向が強い。その場合、私を上手く誘導し、主従の反転、乃至は木乃伊取りが木乃伊になるように、カウンセリングの主導権を奪おうとすることが多い。総じて雑な独り相撲なるのだが。併し、詩杏はそのようなことはない。単純に、私を誑かそうとするよりも、私の女性性に対する怒りが、あの心根に萌しているとしか思えない。私を、敵として見なす、それも、性敵として。その不気味な感情が、不意に、唐突
に、彼女の深奥から立ち顕れるのだ。奥から、恰も被っていたペルソナを外すように、もう一人の詩杏がやってくる。けれど、併し、話している詩杏はあくまでも一人の人格として感じられる。非定型精神病の傾向が見られる。学校生活での彼女を見ていないから確かなことかは定かではないが。
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六月七日(日) 快晴
美しい詩を唱う少年のペニス
唱う少年のペニスを美しい詩
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虚無妄想の気もある。殺人願望も。自殺願望もあるように思われる。よくない兆候。併し、それは私と何が違うのだろうかとも思える。私にも殺人願望はあるし、自殺願望もあるのだから。妙な考えだ。患者と同調して考えるのは、危険な兆候だ。私も、詩杏も、どちらにとっても危険な。あの娘、たくさんの本を読んでいるらしい。塚本邦雄。調べると、有名な歌人のようである。数万を超える短歌を残した。全集は十六冊。ゆまに書房から発売されている。高価な本だ。古書価格で六万程。経費では落ちないだろう。
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白玉書房から発売されている塚本邦雄歌集をネットで注文する。いくつかの短歌を読む。どうやら、この本には彼の歌集が六つ収録されているようだ。『水葬物語』、『装飾楽句』、『日本人霊歌』、『水銀伝説』、『緑色研究』、『感幻楽』。一つ一つ、読んでいく。このような短歌の形があったのかと、息を呑む。読んでいくうち、一言行き当たる。『夏至物語』。いくつかの短歌。その二つめ、詩杏が読んでいた、少女ふたばよりかんばしくかなかなの唖刺し殺す夏至物語。塚本邦雄の短歌が、彼女の言葉へと変じている。言霊?
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世界的な合成生物学の権威、詩杏の父親。私のクライアント。彼は、本当には詩杏を愛している。心に傷のある少女。まだ十五才。もうすぐ、十六才。この夏に、十六才になる。まだ、私の半分の命。なのに、愛されている。彼に、本当に愛されている。ああ、赦せない。あの女。阿婆擦れが。
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つまんねー女。父親は賞とってから女遊びが激しいらしい。国際生物学賞だかなんだか知らないけど、それを笠に着んなっつーの。
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あいつ、高校では帰宅部だって。
コーラス部、入らなかったんだ。
歌はもう辞めたんだとさ。
お前と一緒だな。
俺はもう、ほら、声がおっさんだろ。
俺も同じだよ。
病院、通ってるらしいよ。
何の?
さぁ。最近、LINEもしてねーし、わかんね。
会いたいとか、思わないの?
なんで?
好きだったんじゃないの?
うーん。たぶん。でも、もうわかんないよ。
なんで?他に好きな女でも出来た?おっぱいのでかいクラスメイトでもいんのか?
違うよ。別にそんな奴、いない。
じゃあ、何でよ。
お前、やけに突っかかるね。
気になるだけだよ。腐れ縁でしょ、俺ら。
腐れ縁ね。
ずっと、何年も、合唱団で一緒。
あれ、そうだっけ?
うん。多分。
あいつ、詩杏さ、なんか、作り物くさいんだよね。
ツクリモノ?どういう意味?
冷たいだろ。時々、感情があるのかないのか、わかんなくなるよ。話、脈絡無いときあるし。
そうかなぁ。
そうだよ。
思春期だからじゃね。
思春期ねぇ。
そう。思春期。女って、変わるじゃん。
その変化って、言いたいわけ?
うん。俺らも、女から見たらそう見えるのかも。つくりもの、くさい?
どうかな。とにかく、詩杏はすごく、なんていうか、不自然なんだよ。
心の病気?
うん。なんか、分裂してる。
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淫乱なのは遺伝かな(^_^;)
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学校の成績は悪くないようだが、不登校が続いている?心気妄想の類だろうか。メランコリー?自分のことを自分で把握出来ていない。極端に口数が増える日もあれば、不機嫌の極みを見せる日もある。揺れ幅が大きい。メトロノームのように。速くもなれば、遅くもなる、娘。
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きれいな夕方。
夕立の後に日が差して、地面が黄金。
先生、きれい。きれい。
本当。きれい。きれい。
でしょう。こんなきれいな空、見たことない。
涼しいね。蒸し暑かったのが、きえちゃった。
ほんとう。ねぇ、先生、ほら、四葩が咲いて。
四葩、紫陽花の名前?きれいな名前。青いね。
うん。パパに教えてもらったの。梅雨の花ね。
梅雨の花、夏至の花ね。これが枯れると、夏。
先生はどの季節が好き?私は夏、それから秋。
これからの季節ね。私は冬かな。それから春。
じゃあ、春夏秋冬だね、私たちがそろうとね。
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六月十七日(水) 晴
きれいな包装紙のものを選ぼう。あの女が、思わず嬉しくなって食べたくなるような。ありったけの愛情で包んであげよう。そうすれば、あの女は喜んで食べてくれるだろうから。
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Dear 先生
ほら、先生、あの特別なウィスキー・ボンボンの作り方。
私が作ったんだ。おとうさんと、いっしょに。
夏至の特別なウィスキー・ボンボン。
from 詩杏
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ああああああああああ。ああ……。
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七月十五日未明、京都府京都市北区在住の高瀬詩杏さん(十五)の遺体が自室から発見された。遺体は死後二日ほど経っており、遺体の胃からは青酸性の毒物が検出された。警察は事件・事故の両面で捜査している。高瀬さんは父は合成生物学の権威、高瀬芳雄さん(五十五)。先日、同市内における毒殺事件に関与しているとし、警察に身柄を拘束されていたが、今月上旬に釈放されている。同様の薬物が使われている可能性もあり、事件との関連があるとし、重要参考人として再度勾留の措置が取られている。高瀬さんはちょうど今月十六日に、十六才の誕生日を迎えるはずだったという。
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花の、十六才。Sweet Blue Sixteen。
了