鴨居玲の教会
私は芸術が好きなので、色々と作家さんや画家さんの絵や彫刻を観たりする。
けれど、芸術家の人はめちゃめちゃ多いし、識らない人も山といる。
例えば、鴨居玲という作家がいて、この人は画家とか美術界隈の人ならば識っていると思うけれども、一般的にすごく有名なわけではない。
独特な自画像を描く人で、スペインに移り住んだけれど、スペインというと、フランシス・デ・ゴヤが浮かぶ。
ゴヤは超有名な画家だが、ゴヤというのは王宮絵師で、国王付きの画家になった人である。
様々な貴族の肖像画を描いてきたが、晩年は聾になって、家に閉じこもると、一人黒い絵の連作を描いていた。
ゴヤは元々恐ろしい絵をたくさん描いていて、黒い絵はその集大成である。
黒い絵は全部で14枚の作品で、ゴヤの住む家の其処此処に飾られたわけだが、全てが暗黒の魂に塗り固められたかのような不気味さである。
有名所には『我が子を喰らうサルトゥルヌス』などがあるが、基本的に怖い絵ばかりである。
ゴヤの絵には、川端康成が惹かれていた。彼も作品で、ゴヤの黒い絵のことに触れていた。川端は『魔界』の作家で、魔界に触れる話を後年書き続けていて、特に最後の未完の長編、『たんぽぽ』もゴヤに触れていた。『たんぽぽ』はダイアローグの極めて多い作品で、ヒロインは架空の人体欠視症という病に罹り、愛する人が視えなくなる。物語は、彼女の母親と、彼女の恋人の二人の会話でほぼ進むのである。肌触りが近い作品は、『片腕』や『眠れる美女』だろうか、これらの系譜の完成形に成りえそうな素材で、未完ではあるが、傑作に値する作品である。
話が逸れてしまったが、このゴヤの黒い絵と、鴨居玲の絵は魂が似ている気がする。鴨居玲は相当のアルコール好きのようだが、彼は、死に魅入られていたようで、何度も自殺を試みている。ゴヤもまた、戦禍を見続けてきて、数多死を絵に写し取ってきた。
鴨居玲の姉君は鴨居羊子といって、下着デザイナーである。
最近、ヤフオクで鴨居羊子の絵が出品されていて、20万前後価格だったが、多分本物だろう。
鴨居玲は、教会の絵をたくさん描いていて、その教会の絵にはとても惹かれる。
ただ教会を描くだけではなく、それは立方体で宙に浮いている。
それが如何様な意味があるのかは私は識らないが、そこには静寂と共に、索漠とした世界が描かれている。
これもまた、明らかに死と通じているように見える。
この教会と同様、後年のゴヤの黒い絵、そして黒い家は、彼の教会なのかもしれない。
鴨居玲はイケメンで、美術家の人は男前が多いが、彼は俳優のようである。役者、芸術家の類は色気がある。それは生き様を反映しているからかもしれない。