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魚の思い出
「ますのすし」という食べ物が好きである。
昔から家族が好きで食べており、「この寿司はとても美味しい」と刷り込まれて今に至る。
富山の名物で、有名な駅弁だそうである。
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(株式会社源・ホームページより)
先日、スーパーの駅弁大会で、幸運にも最後の1個を購入することができ、いそいそと持ち帰ったところ、この「ますのすし」を目にした息子が突然、「これ欲しい」と申し出てきた。
中身の寿司ではなく、外側の紙のパッケージを欲しがっている。
大きく描かれた魚(マス)の絵が気に入ったらしい。
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(株式会社源・ホームページより)
変わったものを欲しがるなぁ…と思ったが、普段から様々な生き物に興味津々であるため、見慣れない魚の絵が気に入ったのだろう、と納得した。
と、ここで唐突に、幼少期の自分の体験を思い出した。
当時、祖父母の家に新巻鮭が丸ごと届いたことがあった。
大きな箱の表面いっぱいに、写真だったか、恐ろしくリアルな絵だったかの鮭がいた。
おそらく60㎝以上はあったはずである。
今となっては理解に苦しむが、当時幼かった私は、この箱の鮭をものすごく気に入ってしまったらしい。
祖父母に頼んでその箱をもらうと、表面を鮭の形に合わせて切り取り、なぜか「シャーロックくん」と名前までつけ、どこに行くにもその鮭を連れて歩くようになってしまった。
最初はピンと真っ直ぐだった紙製の鮭は、あまりに同行を余儀なくされたため、いつしかくったりと折れ曲がってしまった。
それでもなお、幼児の私は鮭を手放さず、曲がったところに絆創膏を貼って応急処置を施し、ひたすら連れ歩いていた。
家族で動物園に行くことになった際も、当然のようにシャーロックくんを連れて行ったため、確か写真にも「絆創膏を貼られた鮭(紙製)を大事に抱える子供」として写ってしまっていた気がする。
持ち歩いているものが、かわいらしいクマやうさぎのぬいぐるみ等であれば、周囲から見ても「まぁ、動物園にも連れてくるほど大好きなのねぇ」と微笑ましい光景であったろうと思う。
しかし、大事に抱えられているのは「巨大な新巻鮭の切り抜き(絆創膏つき)」である。
何一つほのぼのしない。むしろ不気味ですらある。
動物園の入場時に問題にならなかったのだろうか。
母を始め、祖父母や親戚等、誰も一連の奇行を止めなかったことが奇跡に近い(ちなみに父は当時、長期海外出張中で不在であった)。
最終的にシャーロックくんはどうなったのか。
いくら考えても思い出せない。
ただ、シャーロックくんが折れ曲がってしまい、なんとかしなければと必死だったことと、絆創膏を貼って、これで安心だと思ったことは、うっすら覚えている。
彼は当時の私の親友だったのだ。
幼かった私は、間違いなく満足だったのだろうと思う。
好きなようにさせてくれた親や周囲の人々に、今更ながら感謝したい。
さて、「ますのすし」のパッケージについてだが、今のところ息子はパッケージを魚型に切り抜く気配はない。
家の中で、おとなしくマスの絵を見て満足しているようである。
もしもマスを切り抜いて、散歩に連れて行くと言い出したとしても、やりたいようにやらせてみようと思う。
血は争えないと実感した次第である。