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DXの悩みはプロトタイプ作りで解決できるかもしれない
伊藤忠テクノソリューションズ株式会社 Buildサービスチーム ソフトウェアエンジニアの 板倉 です。前回私がこのnoteに投稿したときは「Buildサービス推進チーム」でしたが、チーム名から「推進」が外れました。
前回書いたのは2022年2月1日ですから、まだ国際的な侵攻は日本で報じられておらず、FOMCは0.5%の利上げを決定していないときでした。今では政治や経済は劇的に変化していて、VUCA という言葉をより身近に感じます。
ビジネスの現場も、このような予測できない状況に対応しなくてはいけません。特にここ数年はDXという言葉が注目されており、生き残りのためにDXは必須と言えます。ここではエンタープライズ企業のDXについて論じます。
変化する領域が得意なベンチャー企業
私達のチームがよく行っているのは、DXの中でも特に「攻めのDX」と言っている領域です。これは新規事業開発にとても近いです。このようなITを使った新規事業開発は実はベンチャー企業の得意とする領域でもあります。
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東証一部: 情報・通信業11% サービス業6%
マザーズ+JASDAQ: 情報・通信業26% サービス業15% [^1]
この図は2019年の東証一部とマザーズ+JASDAQ (現在の区分ではプライム市場及びグロース市場に近い) の各市場の時価総額に占める情報通信業とサービス業の割合で、まだ感染症の影響を受けていないときのデータです。
もちろん、各市場の時価総額は違いますし、この図では情報通信業やサービス業の中身がわからないため結論を導くことはできませんが、グロース市場に多いベンチャー企業からIT系の事業が生まれていることは想像できます。
なぜベンチャー企業がITを使った新規事業開発を得意とするのでしょうか。まず、相対的に歴史の長い企業の方が技術的負債を抱えている可能性が高く、「守りのDX」に注力して新規に開発をしにくいという事情はあります。
それ以外に、私がゲーム系企業やAI系のスタートアップに所属していた経験から言うと、ベンチャー企業には次のような性質があります。
圧倒的なスピード感
アイディアを実現可能なエンジニアリング組織
組織自体が比較的小さく、直属の上司が経営層ということはよくあります。そのため意思決定や行動が早いのです。また、もともと存在しない市場に挑むため、アジャイル開発など変化に対応しやすい手法を採用しています。
それが実現可能な技術者を採用していることも特徴です。メンバーシップ型採用で1から育てる余裕がないので、ジョブ型採用で技術のある人を採用します。そのため人材の流動性は高くなりますが、事業開発には有効です。
エンタープライズ企業の新規事業開発
では非ITのエンタープライズ企業がITを駆使して事業を開発するにはどうすればいいでしょうか。ちなみに「エンタープライズ企業」は文脈によって意味が異なりますので、ここでは「中規模以上の事業会社」と同義とします。
周辺ビジネスから始める
非ITのエンタープライズ企業は事業アイディアの創出や予算確保などは得意でしょうが、DX人材の確保や制度づくりには大変なコストが掛かると思われます。状況によってはシステムの外部委託の検討も必要かもしれません。
そんな事情の中でエンタープライズ企業がスピードを実現するために考えられるのは、1つは周辺ビジネスから始めることでしょう。周辺ビジネスであれば既存アセットや社内外のネットワークをフル活用することができます。
そうすればベンチャー企業と比べても規模の面で有利になりますし、メンバーや関係者が自分ごととして捉えて協力してくれます。ネットワークを利用できるので何もないベンチャー企業よりもスピードでも有利になります。
早い段階でプロトタイプを作成する
早い段階でプロトタイプを作ることもスピード感を持って事業を開発する方法の1つです。
プロトタイプは、チームが何かを学び取り、次の段階に進むのに
「最低限必要な」精度でアイデアを形にするためのもの
― IDEO 社長兼CEO ティム・ブラウン ―
これはアップルの最初のマウスをデザインしたデザインファーム、IDEOのCEO兼社長で、デザイン思考(デザインシンキング)を世に広めたティム・ブラウン氏の書籍[^2]から引用した言葉です。
同書では「形にして、アイデアを模索、評価、促進できるものなら、何でもプロトタイプといえる」(p123) とも言っています。形のないサービスを作る際はカスタマー・ジャーニーを描くことも含まれるということです。
プロトタイプを作ることは、アイディアを刺激して着想を生む、アイディアを形にして必要な要素を確認して発案する、実現のためにアイディアを誰かに伝えてフィードバックを得る。いずれのフェーズでも役に立ちます。
以前私が関わった新規事業開発プロジェクトでも、まだサービス内容が定まっていない段階で、1日でアプリを作り関係者に触ってもらったことがあります。それによって着想の精度が高まり、より良い提案に結びつきました。
DX人材がいないときのプロトタイプ制作
非ITのエンタープライズ企業が、DXプロジェクトのプロトタイプを作成するにはどうすればいいでしょうか。外部委託でしょうか。ところがプロトタイプ作成の目的を考えると、ただ委託するだけではよくない場合があります。
プロトタイプの精度が比較的低い段階では、
製作を外部に委託するのではなく、
チーム・メンバー自身で行うのが大抵は最善
― IDEO 社長兼CEO ティム・ブラウン ―
着想を得る、フィードバックをもらって改善する、といった目的のために作る、ある意味使い捨てがプロトタイプなので、要件定義から設計・実装と段階を踏む開発は、初期のプロトタイプとあまり相性が良いとは言えません。
依頼されるシステム会社にとっても、請負契約で使い捨てのプロトタイプ作成という条件がなかなか受けにくいのではないかと思います。お互いにプロトタイプへの理解を共有し、適切な関わり方を探る必要はあるでしょう。
では、エンジニア組織との協業のプロトタイプ開発では、どのような関係性が望ましいでしょうか。一例ですが、私達のチームでプロトタイプ制作のお手伝いができる場合は、このようなエレベーターピッチをお伝えします。
DX推進や新規事業開発 をしたい
事業会社 向けの、
Buildサービスチームによる「プロトタイプ制作」 は、
準委任契約によるプロトタイプ制作サービス です。
これは お客様のサービスアイディアを高速でプロトタイプ化 でき、
請負契約による開発 とは違って、
お客様と密にコミュニケーションを取りながら実装 が可能です。
ポイントは「準委任契約」や「お客様と密にコミュニケーションを取りながら実装」というところ。もちろん契約等は状況によりますが、モノの制作だけではなく、チームの一員として関わるパートナーであることが必須です。
プロトタイプ制作事例
プロトタイプ制作が事業創出に大きな役割を果たした例を紹介します。直接私が関わったプロジェクトではないのですが、とあるファミリー向けアプリの制作でBuildサービスチームがプロトタイプ制作のお手伝いをしました。
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そのチームにはもともとエンジニアがいなかったのですが、Buildサービスチームのエンジニアが初期から入り、インセプションデッキ、ストーリー収集、アイディエーション、画面遷移図、プロトタイプ実装に参加しました。
クラウドサービスなどをフル活用し、Buildサービスが関わってから約2ヶ月で想定利用者に使ってもらい、生の声を聞くことができる段階に至りました。その結果、想定していなかった問題や改善点がわかってきたそうです。
重要なのは問題や改善点が早い段階で見つけられることです。それによってサービスの方向転換なども早い段階で行えます。最初に全てを設計し、モノが完成して市場投入してから問題に気付く、ということを防げます。
なぜBuildサービスではプロトタイプ制作ができたか
私たちがなぜITサービスのプロトタイプ制作をできたのかというと、実は私達が行っている「DXの内製化支援」とノウハウが似ているからです。私達は「伴走型」の開発と謳っていて、そこで利用するのはこのような方法です。
デザイン思考
アジャイル開発
クラウドネイティブ
プロトタイプ開発はまさにデザイン思考でも重要だとされていますが、更に私達は変化に対応しやすいアジャイル開発やクラウドネイティブを利用した開発を行っており、それらの技術に長けたエンジニアが所属しています。
実はこれらの特徴は、先程「変化する領域が得意なベンチャー企業」で書いた、ベンチャー企業がIT系の新規事業を開発しやすい理由(圧倒的なスピード感、アイディアを実現可能なエンジニアリング組織)に通じる部分なのです。
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エンタープライズ企業のDX推進には、従来のやり方だけではなく、ベンチャー企業が用いるような方法も必要になると思われます。逆に言えば、プロトタイプ開発が得意な人材のスキルがDX内製化の推進に役立つとも言えます。
プロトタイプが事業開発に与える影響は大きい
VUCAはVolatility(変動性)・Uncertainty(不確実性)・Complexity(複雑性)・Ambiguity(曖昧性)の頭文字をとった言葉ですが、今はあらゆることが机上で考えただけではうまく行かない例も多いのではないかと思います。
開発者がいくら良いと思って作ったものでも、市場では全く真逆の反応になる可能性もあります。そんなとき、より良い顧客体験を実現させるための共通の言語がプロトタイプです。実際に触れられるものが着想を生みます。
これは形のあるプロダクトでも形のないサービスでも、ただ単に「作る」のではなく、「人間のために作る」という視点で必須の過程だと言えます。もちろんアイディアが曖昧なときは本当に簡単なプロトタイプで良いのです。
最後に
現代は新しいテクノロジーがどんどん生まれ、政治・経済・文化・価値観も刻一刻と変化しています。ただ単純に「良いもの」を作っただけでは売れない時代です。真の顧客価値とは何か、そして、どんな未来を作りたいか…
そんな抽象的な問題を具体的なものにして行くために、プロトタイプ作りを始めてみてはどうでしょうか。アプリやサービスだけでなく、実際に手で触れられる、質量のあるものを作るのも楽しいですよ!
少し宣伝
私達はDXの内製化支援が主な仕事ですが、エンタープライズ企業にとって内製化は非常に高いハードルであることも理解しています。そのため、正門ではありませんが、プロトタイプの作成が支援の入り口になる例もあります。
プロトタイプ作成に関するお問い合わせもあるため、できる限り応えられる方法を探っています。時期にもよりますがプロトタイプ作成のモニターを募集している場合がありますので、もしご興味ありましたらご連絡ください。
脚注
[^1]大和証券「株式市場の業種構成の変化」(https://www.dir.co.jp/report/column/20190514_010245.html) 2022年5月20日閲覧
グラフは引用元「図表2 時価総額の業種別構成比率」より参照したデータをもとにBuildサービスチームが作成[^2] ティム・ブラウン (2019) 『デザイン思考が世界を変える [アップデート版] イノベーションを導く新しい考え方』(千葉敏生 訳) 早川書房