怖くなくなったら辞めます

昨年の話ですが、教務主任と今後の話をしていたときのこと(まだコロナがどうとかいう前です)。

私の授業を見てもらい、良かった点、悪かった点のフィードバックをもらいました。

最後にこんな質問をされました。


「先生は、学生が怖いですか?」


ちょっと面食らいました。

はて、どう答えようか。


私は以前、学生が怖くて怖くて、心が壊れそうになった経験があります。全てが絶望で世界が真っ暗だった時期があります。

教務主任とはその話はしなくてもその頃から見ていただいているので、多分気付いていらっしゃったのではないかと思っています。

今はその頃より、度胸も経験もできましたが

じゃあ怖くないのか?というと…

「学生は怖いです。でも怖くないと教壇に立てません」

としか言えません。

学生が怖くないということは、「絶対的に自分が正しい」という自信があるということ。学生は絶対自分の指示に従う(従わせる)存在だと思えること。

私にそんな自信はありません。まだまだ勉強不足で、失敗ばかりです。教え方が悪くて混乱させます。体調が悪い日は些細なことで苛立ちもします。集中させるべき点で甘さも出ます。


そんなとき、「あ、学生に見放されてるんじゃない?」「心が遠い」と思って怖くなります。学生はこちらをよく見ています。「この人は信頼に足る先生であるか」、やる気があるのかないのかだって見抜きます。

だから私は授業準備にすごく時間がかかります。準備してもしても不安、ということは最近ありませんが、少しでも不安な点があるとずっと気になります。

ですから、素直に「怖いです」答えました。

何と言われるだろう、「教師としてそれでどうする!」と喝を入れられるのかな?「そんな教員うちにはいらん」と言われるのか。


戦々恐々としていました。


しかし、


「それでいいと思います。そうじゃないという人は逆に危険です。

僕も毎日授業前は怖い。学生の目を見るのさえ怖い日だってあります。

でも、それでいいと思っています。僕は

学生が怖くなったら日本語教師を辞めるつもりです。

先生が同じ考えでよかったです。そして先生からその一言が聞けて良かったです。」


教務主任もそうだったか。

私たちは常に学生の見方でいたい。だからそうであるためには相手への敬意と畏怖は忘れてはいけないと思っています。

だからと言ってヘコヘコしているわけではない。信頼を勝ち取るためにも、もちろんそれが学生の学びになるためにも、自信を持って授業をしなければ。

両者のバランスは難しいです。でもどちらに偏ってもダメ。

それでも、もし学生が怖くなくなったら、私も自分に見切りをつけて日本語教師、または何かを教えると言う仕事を辞めようと思っています。

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