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ダメな子①~ふりかざす経験~

羞恥心はもう忘れた。

自分を大事にするとか、なんだっけ。何を大事にするんだっけ。

それより抱かれたいよね。狂いたいよね。
余計なこと、何も考えたくない。


***


「ユキちゃーん!ここ、ここ!」
「ユキさん、お疲れさまでーす」

大学卒業を控え、送別会ラッシュが続く。今日はバイト先の送別会。年下や、いっても同じ学生が多かったコンビニのバイト。気楽だし、仲良しが多いし、大好きな場所だった。

遅れて到着した私は、仲の良い後輩たちに囲まれて、いつも通りに酔っ払っていった。飲み放題九九九円。相変わらずの破格だ。元を取るべく酒を注文するペースも高まる。

飲んで飲んで、いつも以上に上機嫌になった私はふと、隣にいた後輩サエコに耳打ちした。

「ブッッ、ちょ、ユキさん、待ってよ」

飲んだ焼酎を口から吹き出し、驚くサエコ。

「なに?風俗?え?それで彼氏と別れた?どうなってんの?意味わかんない!」

どぎまぎして小声で聞き返すサエコに、笑いながら返した。

「そうなのー。良介にねー、言っちゃったんだよね。風俗のこと。そしたら、別れてって言われて。あ~だから寂しいの~~」
「ユキさん、まじありえない!普通そんなことしないって!何?酔ってんの?もー誰かどうにかして~この人~。てか風俗で働くって、なんでそんなこと…」
「ねぇー。自分でもよく分かんないよ。でもなんかさ、面白そうじゃない?ふふー。面白い世界だったよ」
「はー、興味ないー、そんな話。ユキさん頭おかしいって!」
「ねー、ダメだよね~」

自分のダメさを分かってるのか、ただサエコに同調してるのか。
でも、彼氏と別れた寂しさが、お酒のスピードを加速させてるのは事実。布団で一人で寝るのは未だに慣れない。だから夜通し誰かと過ごして、ずっとこんな風にフワフワしていたいんだ。

「あっ、ほらー、前田さんこっち見てるー。もう、ユキさん、この話聞かれてるよー」
「えへへー。前田くん?別に聞かれて構わんしー」
「はー、絶対ケイベツするはずよー」

お酒は判断能力を格段に無くす。そんなことは人一倍、分かってるよ。

送別会も終わりにさしかかり、帰り支度を始めた。
少し風が吹く帰り道。皆に別れを告げ、ひとり寮までとぼとぼ歩くと

「ユキさん、俺と一緒に二軒目いきません?」

え・・。声をかけてきたのは。
前田くん。

うそ。マジで?
驚きつつも、嬉しさも隠せない。あー、そうか。風俗話で釣れたな。ヤレると思ってんだな。
でも前田くん、昔、私が告白した時フッたよね?
まだ好きだと思ってる?それとも。

「いいよー、行こう行こう。」

ヤりたい心と寂しさは、行くっていう判断しかなかったよね。

近くの店に入って、向かい合わせの席に座る。

うわ、さすがに緊張する。
前好きだった人と二人で飲めるなんて。しかも、あわよくばその後もあるんでしょう?なに、卒業記念?勝手に妄想を繰り広げる脳内。
私、腐ってんな。男をそんな目でしか見てない。

「ユキさん、卒業した後、東京でしたっけ?」
「うん、居酒屋ね。外食産業ずっと入りたかったのよ。前田くんは先生、目指してんの?来年卒業したら地元帰るの?」
「はい、一応帰りますね。彼女もそっちにいるし」
「なに!彼女いるの!うらやましー。遠距離?寂しいでしょ」
「寂しいっすよ、そりゃあ」
「今の人と長いの?」
「いや・・まだ半年ですかね。前の彼女と別れたんですよ」
「なんで」
「あー、浮気されたんです。ひどくないですか?それからしばらく女性不信でしたよ」

ん?
浮気で女性不信になって?いま彼女がいて、私とサシ飲みはセーフなのか?ヤらなきゃいいのか?

「浮気ねー。みんなするもんなんじゃないの?私はしたことないけどね」
「ユキさん、前の彼氏、浮気だったんじゃないですか?」
「あぁ、あれね。違うよ。私が風俗で働いたのバレてさ。それで別れちゃったんだよね。もー、もったいない!」
「風俗はダメでしょ(笑)それはアウト」

さほど驚かないところを見ると、さっきのサエコとの話、やっぱり聞こえてたな。狙い通り。

「アウトかぁー。気持ちが入ってないからいいと思ってたんだけどねー。浮気のほうが悪じゃん?好きになるほうがダメと思ってたんだよねー」
「ユキさん、完全にダメっすね」

ダメ、だよなぁ。サエコに続き、前田くんにも言われてる。
自分でも、分かってる。分かってるよ。

他愛のない話をし、店を後にした。

前田くんと、二人並んで歩く。
地味に嬉しい。もう、これだけで十分なはずなのに、ほろ酔い気分でそのあとの行為を想像するだけで身体が熱くなる。今すぐ前田くんに抱きつきたい。その衝動を、抑え、抑え、じっと待つ。

前田くんが、立ち止まる。

「ユキさん、俺の部屋、来る?」

きました。待ち望んでたその言葉。でも待って。浮気で女性不信って言ってたよね?これは喜んでいい展開なんだろうか?疑問を持ちつつ、私の性欲が待ったをかけるワケはなかった。
演技派な私は控えめにニコッと笑いかけ「行く」とだけ言葉を放った。

前田くんの後ろについて、階段を一段一段登っていく。心臓の高鳴りは最高潮。ガチャリ・・初めて入る場所。狭い寮の部屋は、大きいベッドが広さの半分を占領していた。

すとん、とベッドに腰掛け、見つめてくる前田くん。
間髪入れず、背中に腕をまわしてくる。

待ってね、待ってね、前田くん。あんた、浮気されたって言ってたよね。女性不信になったって言ってたよね。
嬉しいくせに、あれ?どうした私。不信も募りだす。
抱かれる嬉しさ半分、戸惑い半分。

ドサッとベッドに倒され、首元に舌を這わせられる。

前田くん、私、あんたのこと純粋な子だと思ってたけど、違うの?されて嫌だったこと、自分もしてない?これは立派な浮気じゃないの?彼女がいるのに他の女を部屋に呼んで、ヤろうとしてない?
興奮で頭がいっぱいになるはずなのに、余計な思考が湧いてくる。

キスを求められ、応える。

頭の中がいっぱいで、気持ちいいんだか感じないんだか、よく分かんない。冷静な私に前田くん、顔を離してとどめの一言。

「ユキさん、風俗ってどんなことするの?」

一瞬で血の気が引いた。

久しぶりに失望した。
まさか前田くんにこんな思いが湧くとは。良い子の前田くん、明るい前田くん、いつも気遣ってくれる前田くん。

なに、私が風俗やったって言ったら、浮気も平気でやっちゃうような悪い前田くんになっちゃうの?
気持ちがないなら浮気じゃない。私の言葉をそのままそっくりもらったの?ただ単に風俗体験したいだけなの?会えない彼女の穴埋めをしたいの?風俗嬢なら絶対ヤレるとでも思ったの?
自分でタネまいといてなんだけど、こんなにあからさまに言われるとは。私は、モノか?
風俗嬢は、浮気のカウントにすらならないのか。

全部がどうでもよくなって、前田くんに馬乗りになる。
「試してみる?ふふ、楽しいよ?」

これなら風俗店で値段つけられてショーケースに並べられてるほうがまだマシだ。

私は今、タダで身体を売っている。
愛でも恋でもない、なんならそこらにあるセックス以下だ。

笑けてくる。
自分で自分を大事にしない様に笑けてくる。
前田くんの愚かさもだけど、自分の愚かさにため息が出るよ。

頭がいっぱいの私の身体は、当然だけどイケるわけがなかった。寂しさの穴埋めさえも、できなかったよね。


------はぐみ 2020春号 掲載作品-------
第2話 夏号掲載

noteからも読めますhttps://note.com/buccipucci/n/n61cc2426d0db


第3話 秋号掲載

https://hugme-iwate.themedia.jp/

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