先進国間の出生率の違いについて考える
「非婚化と世間体の関係について考える」という記事で紹介した「人口動態と経済・社会の変化に関する研究会」の第2回が開催されていたようでプレゼン資料が財務総合政策研究所のウェブサイトに掲載されています。資料だけ見てもどんな話をしているのかは分からないのですが資料をみるだけでも興味深いのでまずは報告2からスライドの一部を紹介します。
まず、ヨーロッパの地域間の出生率の違いについて出生率の高い北西欧と低い南欧の文化的違いが対比されています。
南欧では結婚まで家族同居する傾向があり、北西欧では結婚前から子供が家を出る傾向が強いようです。日本は南欧型ですね。第1回の山田氏のプレゼンでも日本の非婚化の原因の1つとして結婚まで親と同居する傾向を挙げていました。弱者保護は、南欧は家族のいわゆる共助で北西欧は公助型と分類されます。ここでも日本は南欧に近い上に家族の共助が受けられないならまず自助だと政府が言っている状態です。老後の親の面倒は、南欧は当然家族がみるが北西欧では親子の契約関係次第となるようで、ここでも日本は文化的には南欧に近いでしょう。結婚の意義については南欧は宗教性、北西欧は契約性が強いようですが、日本は宗教でも契約でもない気がします。昔は家同士の関係という意識もあったけれど最近はそれもなく意義自体が薄れているのかもしれません。ジェンダー、親子関係では南欧は家父長的で北西欧は平等という整理です。日本は親子は平等に近くなっている気もしますがジェンダーは南欧以上に不平等です。育児は、南欧は母親の仕事、北西欧はお金を払って外部と分担という感じでしょうか。日本では原則母親に押し付けつつ保育所整備を進めるという形になっていますね。こうしてみると日本の文化・社会的要素はかなり南欧寄りで、多少マシかな程度でしょう。
次に日本と韓国・台湾が比較されます。なお韓国・台湾は日本よりさらに出生率が低いことで知られます。
儒教の家父長的影響が強く残っているかどうか、また儒教の要素のうち親子の孝と君臣(現代なら会社等の組織)の忠のどちらを優先するかという話と、社会のあり方として日本は職人気質があるが韓国・台湾は科挙の伝統の影響で役人とかホワイトカラー重視と熾烈な試験競争がある(日本にもあるが韓国・台湾より弱い。)といったことが対比されています。
総括すると家族的要因では家父長的、ジェンダー不平等的な社会では出生率が低下するようです。これは子育ての社会化といった出生率の向上に必要な要素が遅れるとともに、第1回の山田氏の説のようにジェンダー不平等で親子関係が強い社会では非婚化が進むというのが世界的にも見られるのかもしれません。いずれにせよ、やはり女性が輝ける社会の方が出生率が高い傾向があるということでしょう。日本ではちょっと前までは封建的な要素が強く残っていましたが21世紀になってからは昔よりはかなり良くなっているはずです。確かに出生率の低下自体は2005年が底になってそれよりは改善していますがこれは拙稿「少子化について考える」に書いたとおり生み戻しの効果が大きいので、本質的には出生率が回復傾向にあるとは言えないと思います。しかも昨年からまた悪化の程度が進んできたので日本の現状に対する文化的要因の影響がどの程度かというのはなかなか分析が難しい気がします。文化の改善に期待するだけでなく子育ての社会化を制度的に進めていくことが必要でしょう。
韓国・台湾との比較で言うと儒教の要素はヨーロッパの家族観の影響と同様で、このため韓国・台湾で出生率が非常に低くなっているということであれば欧州の状況の分析と整合的です。また受験競争の強さが影響しているということであればこの点は日本は近年著しく改善しているはずです。これが日本の出生率が韓国・台湾よりかなり高く、南欧と同程度になっていることに関係があるのでしょうか。
次に報告1から抜粋していきます。こちらは子供に関する現金給付型施策の効果を国際比較で検証したもののようです。先の文化要因の分析がどちらかというと定性的な話だったのに対し、こちらはEBPM的な定量分析が中心です。
これを見ると財政支出と出生率には緩い相関があります。他方、財政支出が日本より大きい国でも1/3くらいは日本と同程度かそれより低い出生率となっていることが分かります。財政支出が多くなれば一定程度は出生率が上がることが期待できますがその効果は限定的であり、かつ、国により効果に差があることが分かります。先ほどの文化的要因の話を思い浮かべながらみると南欧、東欧はいくらお金を出してもほぼ日本と同程度かそれ以下、北欧は半々くらい、西欧はどこもみな高めなので財政支出で差がつくのかはっきりしないです。これだけを見ると財政支出よりも文化的要因の方がはるかに影響が大きいように見えます。
EBPMでは、実験できない社会事象について他の条件が同じで条件が1つだけ変わるような事例を見つけることで因果関係を推論するという手法があります。カナダではケベック州だけ新生児手当てが無かった時期があり、この導入の遅れがどの程度出生率の変化の原因になったかを他州と比較してみたのが上の図です。これをみると0.2ポイントくらいの影響があったように見えます。
次の図はスペインで出産一時金を導入した際の効果です。短期的にはかなりのジャンプアップがみられますが結局戻っているように見えます。経済対策で言われる需要の先食いのような負の効果が少子化対策にも現れるのでしょうか。先ほどのカナダの図でも長期的には次第に下がってしまっていました。
カナダとスペインの事例をみると現金給付は一定の効果があり、特に短期的には効果があるように見えるが長期的には結局下がるという感じです。なおこの2つは効果がはっきり見える方の優良事例であるらしく、他の国の研究事例ではこんなに効果が見える感じにならない方が多いようです。
ネットでは少子化問題は政府が財政をケチったから生じたとかお金さえ出せば少子化は魔法のように解決するはずなのに政府はわざと国民をいじめているなどという陰謀論じみた意見も散見されますがEBPM的には根拠が薄い見方だといえるでしょう。
旧西ドイツの事例です。ドイツは連邦制であり保育所整備に地域差があるようですが、2005年から国策で保育所整備を進めたところ出生率の地域差が縮小したようで、上がその様子を図にしたものです。介入群というのは整備が比較的遅れている地域のことでしょう。出生率の地域差は介入群の定員率が0.1になるあたりまでかなりの追いつきを見せます。定員率というのは子供の数に対する保育所定員の比率です。これを見ると保育所整備では効果が長期持続することが分かります。また定員率0.1に達するまでは効果が大きいようですが一定程度を超えると効果が薄まっていることも分かります。待機児童ゼロを目指すことは重要ですが、そうしたからといって魔法のように出生率が回復するというものでもないだろうと思われます。
これらの研究をみると、少子化対策には、まず女性が輝ける社会に向けた文化的な変容が必要であり、その上で子育ての社会化を進める具体的な制度の整備が必要であると分かります。それなしに現金だけ出しても効果が限定的かつ一時的なものにとどまるということなのではないかと思われます。
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