気になる統計 月別自殺者数(令和2年9月速報)
2020年10月12日に警察庁が令和2年の月別自殺者数(9月末の速報値)を公表しました。厚生労働省でも警察庁のデータを詳細に集計しています。地域別年齢別のデータも掲載されていますが現時点では8月分までしか集計されていないようです。【厚生労働省ウェブサイトから最新情報を引用】
報道では女性の自殺者数が対前年同月比で大きく増加していることが注目されています。8月には10代女性の自殺者が前年同月の4倍になっていたようです。
月別の推移をみると例年は3月に最大のピークがあり、次に5月に2番目のピークがあり、秋から年末にかけては次第に低下する傾向にあることが分かると思います。今年の特徴は5月のピークが存在しないことで、これはコロナの影響です。しかしコロナによる出勤抑制がいつまでも続くはずもなく、緊急事態宣言が解除され新生活が徐々に始まった人も多いはずです。
ネットでは自殺を短絡的に経済苦と結びつける意見が散見されます。各年の傾向をみれば不況が自殺者を増加させるのは間違いない事実としても素直に統計をみれば毎年2万人程度は不況とは別の原因で自殺していることが読み取れるはずです。例年、3月と5月に自殺を増やす原因が不況でないことは常識と通常の推論能力があれば明らかです。
コロナにより新生活の始まりのパターンが崩れたことはその要因の自殺が消えてなくなることを意味しないはずです。なぜなら原因自体はなくなっていないからです。そうすると例年なら5月に来るはずのピークが今年に限ってなだらかに7月以降に後ろ倒しされている可能性があります。月次推移をみると今年は8月がピークとなっており9月は対前月では減少し7月よりも低くなっていることがわかります。景気は明らかに悪化しており失業率も上昇していますから不況の影響もあるとは思いますが必ずしも不況の影響だけで今年の推移を説明できるとは限りません。
経験的に知られているところによれば自殺に関する不況の影響は中高年男性が最も大きく、若年女性に不況の影響が真っ先に現れることはいまだかつてないことです。
なぜかというと不況で自殺イコール経済苦という発想は当たらずといえど遠からずであり、実際は失業や自分が経営する会社の倒産といった人生の転落の経験によって心のバランスを崩してしまうことに起因する方が多いのです。この場合、失業・倒産の前の社会的地位や年収が高いほどショックが大きくなることは容易に想像できます。だからこそ不況の影響は中高年男性が大きく反対に若年女性には比較的小さいのです。
自殺の多くは本人の心の問題です。自殺の動機が推定される場合の主な要因は心身の健康問題であり過半数を占めます。1人の自殺の背後には境界線ギリギリで踏みとどまっている多数の人々がいるのです。何がきっかけで心のバランスが崩れるのかは個人個人でみれば人それぞれです。
7月の下旬に人気若手俳優の自殺があってから有名女優の連鎖的な自殺が散発的に起きたのは報道されているとおりです。熱烈なファンの明確な後追いではなくともテレビで連日センセーショナルな報道を見てしまうと多感な十代の少女達が境界線を踏み外してしまうことがままあるのです。だから有名人の自殺報道は慎重にすべきと何度も警鐘されているのにワイドショーは何も学ばないようです。
また日本では若者の死因の第一位が自殺となっており他の先進国にはみられない特徴となっています。もともとは事故死の方が多かったのですが1970年代半ばに逆転が起こりました。これは自殺が増えたのではなく事故死が減ったことが要因です。つまり日本では他の先進国と異なり高度成長期以降は事故が減ったのに自殺はあまり減らなかったので自殺が若者の死因のトップになってしまったのです。
ここで押さえておくべきは日本は全年代で自殺が多い国であり若者の自殺率が中高年や老人より高いわけではなく相対的には低いのです。ただし中高年以降は病死等が増えるため死因の首位にならないだけです。したがって若者だけが虐げられているという見方はあたりません。
3月と5月に例年の自殺のピークがあることを考えると学歴社会における大学のランクと新卒一括採用による就職先のランクで一生が決まってしまうのではないかという日本型雇用慣行に特有のストレスが若者の自殺率を他の先進国より高止まりさせている根本原因ではないかと思われます。