![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/169787556/rectangle_large_type_2_c00b647ac361b9391244c811317bd03c.jpeg?width=1200)
あだ名「タスクマン」だった私が周りを頼れるようになるまで10年かかったよ
「タスクマン」とは、大学時代の私のあだ名である。
所属していたサークル、ゼミ、学生団体、インターンなど、様々な活動で常にタスクを大量に抱えていたゆえについたあだ名だ。
カレンダーの予定は年中びっしり、毎週のように夜中までPowerPointやExcelを編集。恋人とのデート中もDropboxから目が離せず、別れるときにひどく怒られた。
表面的には、充実した生活を送っていたかもしれない。
周囲からは「優秀」ともてはやされ、まるで自分が凡人よりも抜きんでた存在であるかのように錯覚していた。
けれど、今思えば、あのときの私はゆがんでいた。
「自分がいちばん褒められないと気が済まない」
そんなわがままな精神性のもと、限界を超えても働き続けていたのだ。
2回生までは順調だった。どの組織でもまだ下流の人間だったから、先輩のマネジメントのもと一つひとつの仕事をこなしていれば、期待されるアウトプットを出すことはできた。
問題は、3回生に上がってから起きた。
複数の組織で幹部の地位につき、人に仕事を振る側になった。自分より経験の浅い人に指示を出し、適切に動いてもらわなければならない。ときには、自分よりもモチベーションが低い人へのコミュニケーションに労力を割くこともある。
そうした、誰かにボールを渡すという行為全般が、当時の私にはひどく煩わしかった。
「これくらい僕がやったほうが早いし」
傲慢な考えは、ある意味では正しかった。一つひとつのタスクは確かに、自分がこなしたほうが効率的に進んだのだ。
けれど、無限に増える仕事にいつしかキャパシティが追いつかなくなり、気がついたときには、どう考えても処理しきれない作業の山が立ちはだかっていた。
残されたのは、寝不足で疲弊しきった自分と、何も引き継がれていないチームメンバー。
ある朝目覚めたとき、体が鉛のように重たくなっていた。1時間後にはサークルの定例ミーティングがある。急いで顔を洗わなければと思うのに、腕に力が入らない。おぼろげな意識の中で、1週間干していないシーツの臭いだけが妙にはっきりとしていた。
結局、同期に相談していくつかのプロジェクトから外れ、ほかの人に変わってもらうことになった。
私が休んでいる間も、(もちろん現場は大変であっただろうけど)プロジェクトは滞りなく進んでいた。
どうせ誰に相談しても変わらない。
どの仕事も僕が一番できるのだから。
自分を突き動かしながら縛り付けていた思い込みがすべて幻想だと知って、深い無力感にさいなまれた。
助けてくれた友達に対しても感謝より謝罪の気持ちでいっぱいで、このときの出来事は自分の中で「失敗」として刻まれた。この経験を「学び」としてとらえるには、まだ精神が未熟だった。
あれから時が経ち、今の私は社会人5年目。
会社員生活の傍ら、副業でライター・編集、そしてディレクションの仕事をしている。
ディレクションの仕事が始まったのはつい先月から。依頼を受けたとき、はっきり言って自信はなかった。
自分が頑張ればどうにでもなるライティングの仕事と違い、ディレクションは「誰かに仕事をお願いする」立場。
学生時代と同じ過ちを犯すのではないかと、不安で仕方がなかった。
いざ始まってみると感じたのは、あのときの経験が、今になってようやく「学び」として自分の身に沁みついているということだ。
「それは誰かにやってもらってもええんちゃう?」
「うち明日空いとるから代わりにやるで?」
当時の先輩や友達が暗に私に伝えていた「人に頼れ」というメッセージを、今になってようやく、素直に受け入れることができた。
「これくらいは自分でやる」を禁止して、ディレクターとしての役割に集中することを心掛けた。
ライターさんから上がってきた原稿に、ちょっとした修正ポイントが見つかる。
想定工数は30分くらい。自分がやるには別に構わないが、人に振るには少し申し訳ない程度の分量。
でも、勇気を出して依頼文を書く。コミュニケーションには時間と神経を使う。メッセージを何度も書き直すうちに過ぎる5分。やっぱりこれなら、自分でやってもそんなに変わんなかったんじゃないか。
そんな疑問を頭の中で振り払って、「お願いします!」のテキストを送信。お気に入りの絵文字「(><)」を添えて。
そしたら、私が別の作業をしている間に、完璧なクオリティで修正が上がってくる。
「ありがとうございました!」
人を信じて頼るって、なんて心地いんだろう。
素敵な成果物を上げてくれたことへの感謝とか、「●●さんがこんなに頑張ってくれたんだよ!」と周りにアピールしたい気持ちとか。
「自分がいちばん褒められること」にこだわっていたあのときよりも、健全に健康的に、目の前の仕事に向き合えている。
* * *
この記事は、書く仕事をたのしく続ける「Marbleコミュニティ」あずさん主催の下記企画に参加しています↓