『評伝ボッカッチョ』読書メモ
アンリ・オヴェット『評伝ボッカッチョ』大久保昭男訳(新評論、1994年)。拾い読みしかできていないけど印象に残ったところをメモ。
河出文庫の『デカメロン』訳者解説でもいわれてるように、この評伝は1913年に書かれたもので、最新の研究結果を反映してなくて限界もあるんだろうけど、各話の分析はなるほどと思うところが多かった。
『デカメロン』が具体的にどういう人にどのように読まれたかというのを知りたかったが、その点の記述は見当たらなかった(拾い読みなので見落としてるかも)。当時の読者の日記とか残ってないのかな?
彼を革命家であるとか自由結婚の布教者だと考えるような滑稽なことをしてはならない。しかし、彼の冗談は執拗にある種の題目を繰り返す。とりわけ、恋愛に逆らうことは最も厳しい罰に値する罪であるとする題目が目立つ。
p.251
ボッカッチョは彼の時代の意識を変革したのではない。彼は、前世代が敬愛したものを踏みつけるように自分の世代を促したりはしなかった。彼の明らかな功績は、彼が創ったのではないが彼に深く影響を及ぼした精神状態から、その豊かさと完璧さにおいて、ダンテのそれにも比しうるような――その領域は明らかに狭いが――芸術作品を引き出した点にある。
p.272
キリスト教の教義をからかったり、破戒坊主を揶揄してこきおろしてるのをいま読むと、よく禁書にされたりしなかったなと思ってしまうけど、書かれている内容は当時の庶民のあいだに膾炙していたもので、革命的だったり大衆の蒙を啓いて煽動するようなものではなかったから、教会から批判されることはなかったということか。
『評伝ボッカッチョ』の副題は「中世と近代の葛藤」になってるけど、『デカメロン』で語られる物語は中世の物語と近代的な小説の間にあるように思えるし、上流階級と庶民の間にあるように思える。庶民の間で楽しまれてた卑猥だったり下品だったり権力批判だったりする小咄を、集めて巧みに構成し、詩や文学的技巧を加えて、上流階級の読書界にそれまでなかった猥雑さを持ち来んだ。