vs.マッチ擦りの老女 #パルプアドベントカレンダー2024
寒い冬の夜、とある住宅地の半壊した住宅の前。
サンタ姿の青年は、新品の徳用マッチ箱の封を切りながらその影と対峙した。
影に見え隠れする皺だらけの手がゆっくり動き、古く湿気ってぼろぼろの小さいマッチ箱から、頭部の砕け散った棒部分を取り出す。
着火部分が劣化で砕け散った、ほぼただの棒。これに火を付け人に放つ、悪意を持ったばあさん――
ばあさんの化け物に近づき、白神ヤスノリはリュックから取り出した空のご贈答用ステンレス缶(煎餅用直方体)をばあさんの前に置き、自分も腰を下ろした。
さらに数個自分の脇に積んだなけなしの新品マッチを箱から一本取りだして構える。
バイト先から直帰したせいで化繊の仮装用サンタ服を着ている分若干不利だが、近所の小学生達の言うとおり、擦って火がついた数を争うなら、先に何本目だかに到達した方が勝ちというなら、大量の新品に勝るものはない。
「成仏しろババア」
黒紫の老婆状の影からぼそぼそと何か聞こえてきた。返事ではない。この期に及んでこの場に居ない誰かに何か言っている、ネチッとした節回しの、作り声、多分、嫌味。仏壇に灯明をあげてない、LEDでは信心が足りん。これだから信心のわからんヨメは……親の躾……
だが町内会の会長さん曰く、仏壇のロウソク倒して家が焼けたなれの果てだという怪談だ。信心はまるで足りなそうだし、何ならきちんと物も置けなかった。
自分ちの死んだばあさんの生前を少し思い出し、内心げんなりしながら白神は箱とマッチを構え直して気を取り直した。
ババアの手元が動く。腐ったマッチをべろべろの箱に擦りつけ火花が散った。
白神の擦ったマッチは一本、煌々と火が着く。ステンレス缶にそれを投げ込む頃に、ババアのマッチに火がついた。
火がつく余地があったのか。
ぽろりとババアがマッチを落とし、焦げたそれは火がついたままステンレス缶に落ちた。
黒ずんだ棒を火が舐め、全て焼けて未だ燃え続けている。マッチなのは形だけだ。擦らないまま対峙していると何本目かに火を噴くのは誇張ではないかもしれない。
白神は無言で二本目、三本目のマッチを擦り、出来る限りババアの側に火のついたそれを投げ入れた。白神のマッチと一緒に燃えたババアのマッチは燃え尽きるのが数本目に見て取れた。
勝ち目がある。
家で俺を待ってる、目に入れても痛くないかわいいポメラニアン、納豆の火傷の仇討ちだ。こいつは絶対許さない。絶対勝つ。
無言でマッチを擦り続け、火がついてはババアの顎の下・缶の隅に投げ込み、無くなったら開封し、火がついたままのマッチの燃えさしが積み上がり、やがてババアの顔のはずの位置を直撃する炎が上がり始めた。
「……何やってるんです?」
少し向こうのバス停から歩いてきた、スーツの男が背後から声をかけてきた。背後からなのにスーツとわかる。こいつはオバケか、人間か。
しっしと手を振ると、「ええ…」とつぶやきながら場を離れていく。本物の会社員だったらしく、じきに首をかしげこちらを気にしつつ歩み去る後ろ姿が遠目に見えた。
気がついたら残りの箱は二箱。ババアの顔面の形をした炎が目の前で上がっている。白神にだけ見えている、燃え上がるババアの顔。この顔で二歩前進されたら自分にも被害がある。
一方ババアの手元は、相変わらず湿気ってぼろぼろのマッチ箱と、腐って頭が崩壊したマッチの棒部分。
白神は少し座り直して、相手が突っ込んできたら躱したい余裕を作った。尻が寒くて何となくトイレに行きたくなってきた。
目の前でケツならぬ顔に火がついたババア、こいつは家に火をつけたのを悔いてでもいるのだろうか。それともそんな気はさらさらないのか。
残り二箱のうちひと箱の封を切る。
『――ほら※△○さん、信心も修行も躾もたりないから、火がついちゃったって息子がネェ――』
か細い、粘着質の甲高い作り声で呟く音が、ババアの炎から聞こえてきた。聞き取れなかった、なんとかさんというのはおそらく、焼け出されて離婚して引っ越していったという嫁さんの名だ。息子? 離婚したというくらいだから、無事なんだろう。知らん。
信心と修行の量を、在家のばあさんが計れるもんなのか。白神は近い親戚に宗教関係者もいないのでわからない。ただひとつは、
目の前で手が止まっているババアの顎下に、マッチを全部擦って投げ込むのが、今の仕事だ――
ものすごく真剣な顔で、火のついたマッチをステンレス缶に投げ込んでいく青年と、明らかにマッチの火の色ではない燃え上がる青い炎の傍らに、誰かがペットボトルの水を置いた。終わったら消してね、と聞き覚えのある声がする。町内会の会長さんだ。
ババアは。甲高い小さな作り声で色々何か呟いており、今はヨメへの嫌がらせのネタが尽きたのか、息子本人が聞いたら幾ら心酔したマザコンでもあまりの気持ち悪さで激怒するであろうレディースコミックだかBL禁断の何ちゃらネタを口ずさんでいるところだ。帰れ、いや帰りたい。帰りたいです。
最後の一本。白神は愛犬・納豆のつぶらな瞳を思いながら、火のついたマッチを缶に投げ込んだ。
既に青い炎が全身に回って燃え上がっていたババアは、両手が既に存在せず、マッチを擦ることもしておらず――白神の勝ちとなったようで、いつの間にか火は消え、後には炭化したマッチの燃えさし山が残されていた。
「かっ、勝ったぞ納豆……!」
とりあえず缶に水をぶち込み蓋をして、リュックを背負い、慌てて走り去ろうとして思い出し、水入り缶を両手で掴んで、白神は改めて走り出した。
表通りのコンビニ(バイト先)が一番近い。メリークリスマスにトイレ間に合わないとかババアをなんぼ呪っても足りなくなる。
――納豆! 俺頑張ったから! もうすこし待ってて!!
【了】
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メリークリスマス!🥳🎄
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