【ある男の顔】
立派な椅子の下で寝袋に詰まって寝ていた湯沢ヤンは、変な音を聞いて起き上がった。
音は作業台からした。先程まで触っていた少女人形の頭からぼそぼそと音がする。
湯沢は人間より小さな頭部を眺めてひとつ唸り、台の隅に安置した、作りかけの人間の顔を覗き込んだ。
本来の仕事で作っている「顔面」が喋っているのかとも思ったが、そちらはシリコン表皮の固定待ちだ。喋る動作で多層シリコンが剥がれた跡はない。
どちらも、ドールボディなり、人工真皮アダプタを装着した人の顔なりに接続しないで喋るはずがないのだ。
何だ、これは。夢か。
湯沢は、人形から人間まで顔面ならお任せ、顔面専門の人工体造形家である。彼の作品は、大変精緻だと評判が良い。
趣味も人形いじりで、今日も人形に瞳を入れようとしたが、作業途中で急に眠くなった。連日の精密作業で存外疲れていた。
夢の中で、作業台アームに固定した少女の頭部が喋った。
小さな声に一生懸命耳を傾けると、やがてごく僅か聞き取れた。
__ほしい
具体的な内容は聞き取れない。
湯沢は目を醒まし、暗い部屋の床で起き上がった。
作業台の窓辺側で黒い遮光カーテンを開けると、曇り空の一部が黒い。
黒が吸盤ステップで窓に張り付く人間だと気づくまで間ができた。
暗黒塗料で顔を塗り、両目も暗黒眼球だ。目出し帽、全身黒ずくめ。片手に何か握っており、
カスっと音がして窓に丸い穴が開いた。
黒軍手が雑に突っ込まれ、作業台の際に置いた標本紙箱を掴んで引っ込んだ。中身は特注の宝石眼球だ。
湯沢は窓を開けようと手を伸ばしたが、強盗は四肢の残りを離し、五階の窓から飛び降りた。
「ああ――だめ――!」
開けた窓から、相手が地面に着地して走り出すのを見た湯沢は、電子紙端末を取って部屋の玄関から出、通報と追跡を始めた。
箱の内容固定に使った紛失防止粘土タグが反応する。
絶対逃がさない!
【つづく】