多忙でnoteを書くことさえ忘れていた。
タイトルは中森明菜ちゃんの名曲の歌詞のもじり。
(何の曲か判れば同世代。笑)
気づけば年度末。
noteより優先順位が高いものばかりな日々。
どうにか確定申告を済ませれば、次は原稿の締め切りに焦り、それと平行してバイト先のリニューアルオープンなんぞがあってイレギュラーなシフト増で犠牲になるのは睡眠時間也。
とりあえずは無事にリニュオープンの地獄のシフトを終え、原稿も締め切り当日にギリギリ送信完了。
やれやれだ。
明日は久々の完全オフ、ってな前夜にスーパーであれこれ買って居酒屋的つまみを数種作り、缶ビールをColemanの保冷タンブラー(バイト先の雑誌納品で一緒に来たのを即座に買った)に注ぎ、まだ未観のジュラシックワールドの最新作をいざ観賞。
と準備も整い、座ってキンキンビールをグビ飲みした途端に寝落ちしてた。
幾つもの原稿の締め切りが重なるというかつての黄金期にパソコンデスクの前で椅子に座ったまま熟睡出来る体質が出来上がって以来、どこでも寝落ち出来てしまう。
二度と原稿抱えてパソコンの前で仮眠必須な羽目になるなんて事態は起こらんだろうが、将来ホームレスになったとしても場所問わず熟睡出来るのは悪くない。
結局ジュラワ最新作は観てないに等しい。
なんだかんだと新作を追ってきてはいるが、一番好きなのは一番最初のジュラシック・パークだ。
ジュリアン・ムーアが好きなんでロストワールドも何度となく観たが、このシリーズで一番好きなキャラクターはアラン博士だ。
因みに二番目はマッドサイエンティストなヘンリー・ウー氏。
ジュラシック・ワールドはオーウェンとクレアのカップルに何も惹かれるものがないから、脇役でお気に入りを見つけて愉しんでる程度だ。
スケールの大きい物語を創ることには憧れる。
マイケル・クライトンはそんな憧れの作家だが、自分は逆立ちしたって彼のような小説は書けない。
どう憧れようが自分が自分の好きなタイプの小説を書ける訳ではないのを思い知ってる。
創作は作り手の自由な筈なんだが、自分の書きたいものを自分には書けないというのはどうしたもんだろうか。
才能の壁ってやつか。
小説を書いて幾ばくかの生活費を得るという立場となって、何度となく自分と合わない作品を創りあげてきた。
「こういうのを書いてくれ」てな依頼で書くやつだ。
自分にはない価値観の話だったり、嫌悪する世界を肯定的に描かねばならなかったり。
職業作家とはこういうものかと、依頼があれば機械的に書きこなしていた時期がある。
好きなことを書いて、それが当たって、好きなことばかり書いていける、てな作家にはなれなかった。
自分の理想的な小説を自分で書けない才能のなさを自覚し、だが依頼の作品はそこそこ高品質には仕上げられるから、大して売れなくても完全には仕事は途絶えない。
自分が書きたいわけでもないものばかり書いていると、書くことが厭になる。
何度も、その「厭になった」壁にぶち当たっては仕事を自分から減らしてもいた。
熱意がなければプロで居続けられない。
なりたくてなった訳ではない物書き業だったから、なるようにして落ちぶれた現状。
たまに他人の大作に触れて刺激を得る。
それをしてないと、創作意欲なんぞ欠片もなくなりそうで、なくなったところで困りもしないという自分に「やれやれ」だ。
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