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短編小説08「週末(終末)、晩婚(晩痕)、猫(音仔)」
一軒の木造の日本家屋がありました。
老朽化したそれは、古さより人が暮らした温かみを感じさせます。草や木ばかりの緑一色の庭も、その雰囲気によく合っていました。
柔らかな太陽の光が、一点の曇りもない青空から降り注いでいます。頬に僅かに感じる程度の微かな風が、穏やかに木々を撫でています。それは身も心も休まるような、健やかな春の昼下がりでした。
「みゃあ」
あくびをするかのように穏やかに猫が鳴いた、そんな音が聞こえました。
庭に面した渡り廊下に、腰掛けている人影がありました。上品かつ暖かそうな上着をまとった老婆と、その膝の上で丸くなっている一匹の猫です。
「あら、いらっしゃったの?」
その鳴き声に答えるかのように、老婆も言葉を発しました。
そして、それを待っていたかのように人影が現れました。
身長170センチほど。グレーの上品なスーツを着こなし、手には漆黒の杖。目には片目の、頭にくくりつけるタイプの眼鏡。頭にはシルクハットを被った白髪の、老人でした。
「やぁ、まだこんなところにいたのかね?」
男の声は穏やかながらも、どことなく威厳があります。
「えぇ、週末はミケと過ごすと決めているのよ。ねぇミケ」
「にゃあ」
答えるように猫が鳴きました。それを見つめる彼女の目はどこまでも優しく、穏やかでした。そこに、男が杖を持っていないほうの手で、静かに手を差し伸べます。
「じゃあ、行こうか」
「……ええ」
もう一度老婆は猫を見やり、そして男の手を取ります。その手を優しく握り、男は呟きました。
「――僕らの、結婚式に」
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